2022年12月8日

12月2日(金)
今日もとても寒い。真冬。
はるは3時間目だけ登校。
はるを送って行ったあと、まめ氏を日が照っている部屋へ移動。

晴れだ!と、移動させて、ケージを断熱シートや電気毛布でくるんだ。移動してからも23度くらいを保てていたのでほっとした。
その時だっけ、まめ氏がゴソゴソ床材から出てきたのは。
もっとあとだったっけ。
もう忘れてしまった。(ここから12/3土曜日に書いている)


朝は、「まめ氏生きとるかねえ」と言いながら起きて、
はるが、「生きとるよ」と言った気がする。
「大丈夫よ」って。

まめ氏がヨタヨタと出てきて、わー!と喜んでわたしは乾燥豆腐を手渡した。
たぶん急いでペレットもふやかして渡した。
でもこの時はペレットは食べなかったと思う。豆腐はたくさん口に入れた。たぶん。
断片の残像みたいなのがちらつくだけ。


がりがりの足、毛が抜けたからかな。お腹は不安になるだけだから持ち上げて裏返して見ることはもうしなかった。
腫瘍、良性で、奇跡が起きて小さくなって、これからも長く生きられたらいいな、それもありうることだ、と思った。
誰にもわからない。

ともかく軟便が治ったらまた回し車を設置しよう、野菜もあげようと思った。(2日前から禁止にした)

まめ氏の命はまめ氏にまかせるしかない、明日に死ぬかもしれないし、治るかもしれない、治らなくても長く生きるかもしれない、どっちでもいい、まかせよう、と思った。


さすがに今日は日が照っても気温は低いし、だんだんと曇ってきて、通り雨も降った。
しっかり電気毛布でくるんで23度くらいは保って、
はるを迎えに行って、帰りに買い物。
まめ氏のケージの外側にくっつけておくためのカイロ。(昨日はりつけてみたら、ケージ内がかなり暖かくなったから)それと、床材にするキッチンペーパー。もうすぐなくなるから。
それだけ買って外へ出ると、かなりの曇天でぱらぱら雨も降っていて、まめ氏が今頃ひどく冷えたりしていないか気になって、もう1つスーパー寄ってはるのお菓子でも買って帰ろうかと言っていたけど切り上げて急いで帰った。
帰宅してすぐにケージの中の温度計見ると24度でほっとする。


14時ごろ。仕事に行く前にケージの温度を確認に行くと、まめ氏が出てきた。
出てきてた、のか?記憶がな
ただ、よろよろと、トイレに行ったり、寝床にもどったり、
回し車、ないなあ・・と言ってるみたいに、回し車があった場所を見上げたり、

またトイレに行って、その時ちょうどわたしがトイレ砂の容器を掃除しようと取っていたからそこにトイレ砂はなく、トイレに屋根のようにかぶせていた箱と床材の地面とで坂になって、穴ぼこになっていて、そこにズズズと落ちたみたいになって、でもそのまま、まめ氏は座ってぼんやりしていた。
考え事でもしているみたいだった。

そのままそっとしておくとまめ氏はまた寝床にもどったみたいで、トイレを設置して、
それから・・?

潜ったと思ったらすぐまた床材をかき分けて出てきて、だから豆腐をあげたっけ。
先週の金曜日みたいに、よろよろと、なでてほしそうに寄って来た。
ドアのすぐそばでねそべって。
しばらくなでていると、今にも呼吸が止まりそうに思えた。
少しなでていて、耐えきれず、はるを呼んだ。知らせた方がいい気がして。
はるこの期におよんでもまめ氏にあまり関心を持たない。友だちとのオンラインゲームとか、電話やメールに夢中。
同年代の友だちがこの世で1番好きというのは、とても良いことで、いいんだけど、まめ氏がいなくなるかもしれない時につらくないということが、少しうらやましいような気持ちになった。
まめ氏のすぐそばにいながら大きい声を出すのは憚られたけど、大きめの声で
「まめ氏に会っとかんでいいのー」と階下に向かって言うと、「はーい」と、すぐに来た。
まめ氏は死ぬかもしれない、と伝えたら、いっしょになで始めた。

その時わたしはたぶん、「まめ氏、死んでもいいよ」と言った。
あと3年生きてもいいよ、でも、がんばらんでもいいよ、
死んでもいいよ、
生きても死んでもいいよ、と言った。
あとで思えば、言われんでもそうするよね・・
それから、「だいのだいのだいの大好きよ」と、はると2人、まめ氏に何度も何度も伝えた。
はるは、「ずっといっしょよ」とかも言っていたと思う。

なでている時、もう息が止まるかもしれない、と思う時があったけど、大丈夫だった。
わたしは、なでながら仕事場に連絡して今日の欠勤をお願いした。

はるは階下へ降りていって、
1人またなでていると、まめ氏はハッとわれにかえるみたいに目を開けて、歩き出してえさを食べに行った。
もう階段を上がれないだろうと思って、それまで少し高いところに置いていたペレットのお皿を地面に置いていたけど、いつもの場所を目指して探すように階段を上がるので、今までどおりの場所(小屋の屋根の上)にお皿を置いた。
そしたらガリガリの足でつま先立ちに立って、ペレットを次々口にいれた。
こっちを向いたりしながら、頬袋にいっぱい入れて、
も う高いところから降りるのは、ぽてっと、落ちるみたいになるほどなのに、今までどおりの場所でエサを食べて、寝床に戻っていった。



なにかできることを、と思って、夕方、これまで2年間、別の部屋で寝ていたのを、枕元に「まめ氏防寒ボックス」を移動させていっしょに寝ることにした。
わたしの部屋はエアコンがないから、一昨日からの極寒だと10度以下になると思う。まめ氏のために窓ガラスにも断熱シートを貼った。
この部屋ではとうぶんCD聴いたり録音したりギター弾くのもできないな、全然いいけど、と思いながら、机の上の荷物を全部よけて防寒ボックスを置いた。
設置が完了したら、前よりしっかりした防寒で、いい箱ができた。発泡スチロールも前よりしっかり三方に置いて暖かくした。

寝る時、明日はチーズあげよう、と思った。



(ここから1月14日)
まめ氏の防寒ボックスを移動させたのはたぶん17時頃で、
それからたぶん20時頃、いつものようにペレットと水を入れ替えをした。
ペレットは、ふやかして与えるようにしていたから、夜と決めず日に2度とか3度とか、食べそうな時にやっていたかもしれない。

この時間のどこかで、まめ氏に会った。まめ氏が床材の中から出てきて、豆腐かペレットを食べたと思う。
写真も撮っていないし思い出せないけど、ただ、あのこっちに見せつけるような、時々こっちを見ながら頬にいっぱい詰め込んで、もぐもぐ食べる仕草がやきついている。
元気そうに見えた。
はるは遅くまで友だちの誕生日に渡す手紙を書いていて、たぶん23時頃に就寝した。
その時はもう、断熱シートをめくってみただけで、まめ氏の姿を確認しなかった。
寒かったし、ケージの扉を開けたりしてゆっくり眠るのを邪魔したらいけないと思った。
まめ氏のそばで、わたしはたぶん遅くまでイヤホンで音楽を聴いていた。特になにも心配せず聴いていた。だから、もしかするとまめ氏が起きて物音を立てたかもしれないけど、気付かなかった。イヤホンをせず、耳をすましていればよかった。そうしたらほんの小さな音にもケージを開けて見て、まめ氏にまた会えたかもしれなかった。

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