2025年2月10日

今日はまだ1日フラッシュバック、
昨日の夜は何もなかったみたいに眠った。朝も。あんまりつらいもなかった。当たり前か。だけど今日もずっと悲しかった。
完全にこれは、貧血とホルモンバランス。身体が精神に影響している。まともではない状態。だけど、これは希死念慮というやつだった。
そんなことよりもう10日?今週中に、明後日にも?れおくんの個展に行くんだ、行けるのか?バキボキに折れた心で?その上、このズタボロで何ができるんだ、と思った。先週もちおに、「つまみ出されようとも、いちおうギター持って行くよ!隅っこで、弾いてもよかったら弾く!」と宣言したけど、今日は、こんな奴が行っても…と思った。
朝になると目盛り「1」になっていたガソリンを入れに行った。
明日は休日か、と気付くとうれしくて、仕事、明日休みならがんばろう、といっぱいやった。
でもそういえば、何度か「カッコーの巣の上で」のジャックニコルソンになった。疲れ切って、
帰る時も、すぐに発車できなくて座席でぼーっとした。

夜、
風呂で泣いた。「かなしかったなあ」と思うと、涙がでた。
最近、かなしいことが多かったからかもしれない。

人の役に立ちたいけど、そうはいかないんだなあ、と思った。昨日、何度も手のひらを見たことを思い出した。
お店を行き来して夜道を歩く時、手のひらを見て、ぼんやり思った。こぼれ落ちて、全部なくなったみたいだなあ、誰もいなくなったみたい、まあ、そりゃあそうか、と思いながら見た。

だめな自分がビカビカとフラッシュバックするのは、弾き語りを始めた頃はいつもそうだったよなあと思う。この何年か「諦めきって」「何もできないとわかったから」そうなると演奏できることはただありがたくてうれしくて、つらく苦しくなくなった、と安心してた。「もう自分のことばっかり考えることはやめたから」あの苦しみはもう来ない、と思ってた気がする。
また苦しみ期に入るなら、やっぱり「成長できず何年間かを繰り返す」だけなのかな。そこまで込みで前にも何回も思ったなあ、これ。

わたしはすぐ調子に乗る、今も調子に乗ってる状態かもしれないけど、10何年か前、産後鬱が開けて、長い気管支炎も治った時、開放感からか調子に乗っていたことを思い出した。
ライブを産前のようにいっぱいやらせてもらって、自分の思うことをSNSにドヤ顔で書いて、はるが病気になってもまだ改めることなく、自分の歌を良いものみたいにあの頃は思ってたかも。いや、自分の歌はいいものだと、思わないといけないんだけど。自分を卑下するのはほんとうに醜いから。だけど
何がちがうんだろう。堂々と、と、ドヤ顔の違いがどうしてもいまだにわからない。

なんでまだライブしてるの?それ、はるちゃんのためになるの?はるちゃんがかわいそう。わたしなら旅行とかあちこち連れてく。いっぱい働いて。この子の将来のことを考えて。
とかを、ずーっと前に言われたことをまた思い出した。
あの時、家族に迷惑をかけてまで、とか、誰も喜ばないのに、とか、暗い曲ばっかりで人を楽しませる気持ちがない、どうせやるなら人に勇気を与えるような明るい曲をやったら?とか、そんなことははるが生まれる前からずっと、死にたいほどかなしいけど大前提で始めたことで、だめなんてとっくに分かっててやって来たんだよ、まわりに迷惑かけてまで、って言うけど、うたうってそういうことだろ、そういうものの見方をする人に、何を話せばいいんだよと絶望して、泣いて何も話せなくなった。
けど、あの人の言うとおり、人前で演奏することはやめた方がいいのかもなあと今日は思った。
やめるもクソもなくてどっちでもいいけど、
ただ、「あの時も調子に乗ってたんだなあ」と今日は思った。発言に対する怒りで冷静に考えられなくなってたけど、はるがかわいそう、は事実なんだから、あの人は間違ってない、と思った。

天井を見て、ぼーっとして、泣くと、すっきりしたのか、れおくんの個展へはやっぱりギター持って行こう、と思った。
とにかく、そんなことより、見に行きたいから、見に行く。ギター、弾かないとしても持って行って、もし弾いてもいい場だったら、曲とかじゃなくても、小さい音で弾かせてもらおう、その時の気持ちを。と思った。
バキボキのズダズタに折れてるからこそ、行こう。
絵を見ることも、そういう時こそ行くんだ。

Powered by Blogger.