2025年2月9日

貧血だったのか、時々意識が落ちるみたいになって、車に行って後部座席で放心したり、
この頃はたいてい、ライブをする場所に着くと途端に治るけど、到着してからもあんまり治らなかった。

出発前、朝からずっと、久々にものすごく出かけるのがつらくて、準備が進まなかった。ギターをかかえても曲目も決められず、今やらなくていいことばかりやった。
昼ごはん作って、雨降るかもしれないし洗濯物少し早いけど入れて、その1つ1つに苦しみながら、出発予定の時間が来たけど、まだ何を着て行くかも決めてないことに気付いた。
ひたすらつらくて、身体に力が入らなくて、
行く前にガソリンを入れなければと思っていたけど、すでに予定を1時間も過ぎていたから(speaker gain teardropを見たかった)ガソリンスタンドががもしも混雑してなかったら寄って行こう、でも1台でも停まってたらやめよう、と決めて前を通ると2台停まってて、でも全然混雑ではなく余裕なのに、給油を断念して通り過ぎた。
何十mも行かないうちに後悔して、どうしようどうしようと半泣きになった。クズだから当然だ、罰だと自分に言いながら、あの時もこの時も、おまえがしたことは、と言いながら、謝りながら、泣き叫びながら、こういうのは病院行った方がいいんかなあと思いながら、残量の目盛は見ないようにしながら、尾道に着いた。

フレンドの近くの駐車場を探して停めて、とにかく走ってスピーカーを見に行った。
迷いながらやっと着くと、ウサギの徳岡さんがいて、「今やってますよ」と教えてもらって急いで入った。間に合った。
そこの「sima」というところは、あとで聞くと元高級クラブ?で、ドアが、ドアと思えない、壁みたいに銀色の鉄の自動扉で、1人だったら入れなかったと思う。「そこが自動ドアです」と教えてもらって、「これが?!!」言いながら、入れた。そして会話はそれだけだったけど、徳岡さんに会えてうれしかった。ほっとした。
扉が開くとspeaker gain teardrop の音が聞こえて来て、またほっとした。
でも人が多くて演奏する人の姿は見えず、音も遠くからしか聞こえなかった。
よく見るとステージが入り口に対して真横になっていて、正面から聴くにはお店の1番奥まで行かないとだめで、
これは最後に見たウサギバニーボーイの時も、本来の音で聴けなくて悲しかった。
正面から聴きたかった。ライブハウスで見たかった。すごくそう思った。

アンプのトラブルとか、弦が切れるとか、トラブル続きだった、と後で聞いたけど、その苛立ちや葛藤も、ホリベさんの場合は「いい」というか、根底に絶望のある人という気がして、それでいい。それがまるごと美しい。と思った。

それから、走ってetosを見に行った。
動画でしか聴いたことがなくて、やっと初めて見た。今日こそは必ず見ると決めて来た。
ドラム、すばらしかった。ギターの人が2人いて、どっちの人がどの音だろう、と手を見たり、じっと聴いた。
ヌイルを初めて見た時も思ったけど、日本じゃないみたいな音だった。(主観)
今部屋から出て来たみたいな格好で、とても鋭い音で、かっこよかった。

その後、中島美保ちゃんに間に合うかなと猛ダッシュ、フラフラで走っているとモンキービジネスのお2人に会えてうれしかった。
「美保ちゃんを…見に…」と言うと、「まだやってますよー」と笑ってくれた。癒やし。
美保ちゃんのライブを見るのはいったい何年ぶりか、前に見たのはまだ高校生くらいの頃だった。あの時すでに歌もギターも巧みだったけど、今や堂々としていた。

その次に、たぶん、
ドッグフード買い太郎を見に行った。この時だけ、始まる前に行けたから、ほぼ正面から聴けた。(人がいっぱいだから、正面を陣取るのは遠慮したけど、最高の音で聴けた。)
昨年久しぶりに見て以来、松田君はとにかくものすごいけど、「長く引きこもっている」という今は、さらによかった。
コーラスがいい「夏を棒読み」も、コーラスがなくていいくらい、
どの曲も、ほかの楽器や音が何も入らなくていいくらい、なんにも足りないものがないものがないところまで編曲と奏法とエフェクトを工夫して習練し尽くしていて、
音まで「ひとり」で大丈夫なことから、孤独が伝わってきて、
うれしい気持ちとか、かなしい気持ちとか、湧いてきて、ありがたかった。ありがたい音だった。

なにより常にエンターテイメントに徹しているから、それはたぶん、長年旅を続けて百戦錬磨だからだけど、「音」だけでみんなを楽しませ続けるから、大尊敬だった。
もう何年も前の、槇平れんくんのライブを見た時も思ったけど、どれほど自分に失望して絶望して、同じくらい嬉しいこともあって、生きてきたんだろう、と思う音だった。1人で家にいる壁とかが勝手に見えてくる音。
そこまでに至る人を見ると、ひたすらうれしい。
ひたすら尊敬する。

ドッグフードを見終わった時、到着からの糸が切れたのか、身体が動かなくなった。
直接「よかった!」と伝えたかったけど、片付けなども忙しそうで断念して、フラフラで車まで戻って、後部座席で放心した。
ギターを出して、歌詞や曲名を書いた紙をドサドサとひろげた。
今朝やろうと思って歌詞を紙に書き写しかけてた曲は、やめることにした。
この世のあちこちにこれから花が咲いて行く、しあわせのうた。
なんか、できない、と思った。
今日が最後、と思ったら、どの曲をやりたいか。
自分の大切な人に聴いてもらうと考えたらどの曲か。
考えようとしても、なにも頭に思い浮かばなかった。
ふと指先を見て、とうぶんギター弾いてないけど、30分の演奏に耐えられるかな、と思った。
いや、ベルベットとかボブマーリーとか、コピーするために弾いてたな…と思い出した。

諦め尽くして、自分に何ができるかとかが全部どうでもいい、になったのにな。なんでまたこんなにつらいんだろう、と放心した。
いいのをやりたかった。「いいのをやりたいよ。」と声にも出した。自分が自分に言った。それは、せっかく来てくださっている人に(イベントだから、多くがわたしには関係ない人たちかもしれないけど)、何か役に立ちたかった。
それでも力が出なくて、
それでも、と曲目を決めていった。
今朝も昨日も決められなかった。「自分にどんな曲があったっけ」と、それすら思い出せなかった。

貧血だったんかなあ。何か食べればよかったのかも。
しばらく放心した。つまり、希死念慮ってこう、こういうのだ。と、ぼーっとした。

とにかく30分の曲目を決めて、力をふりしぼって車から出て、コンクリ見に行った。
それから、自分の出番の前の人も見ておこう、とハッと気付いて「フレンド」へ走って、黒谷ギューンさんという人を見た。

ドアの外から聞こえた声は、男の子のようで、でも入って見ると女性だった。
1分くらいか、もう少し長くか、しばらくじっと聴いていて突然、歌詞が「日本語じゃない」ことに気付いた。
何語、とか思わず、どんなことを歌っている、とかが頭をよぎることもなく、いいなあ、と聴いてたことが、すごくうれしかった。
わたしは「歌詞」を聴いていないんだなあ、ただ生命力を聞いているんだなあと思って、うれしかった。

黒谷さんは、片付けをされてる時、前を通ろうとすると目が合って、「楽しみにしてます!」と言ってくださって、びっくりした。なんでわたしを知ってるんですかと聞こうとすると、「中津さんがYouTubeとか送ってくれて、それを聴いて」「1番強い弾き語り、って聞いて」と言われた。びっくりした。
ほとんど話もしたことのない中津さんが、こんな方にすすめてくれていたって。
そのお気持ちがほんとうにありがたい。


自分の演奏が終わった後は、Asphaltを見に行った。美保ちゃんがパブルイスまでの道案内をしてくれた。1人では行けなかったかも。山口ヒサシさんがギターを弾いているAsphalt。初めて見た。

それから、ウサギバニーボーイは始まっているか、1人で移動して辿り着けるか不安になった挙句、パブルイスを出て、走ってsimaを探して、ウサギを見に行った。
昨年見れないまま帰ったから、いったい何年ぶりか。絶対に見なければと走った。
間に合って、見ることができた。やっぱり圧巻だった。入り口付近からでもよく聴こえたサキチヨさんのドラムがものすごかった。スタジオに入るくらいの練習量でこんなにできる?家にドラムがあってずっと叩いてるみたい、と思った。魂こもって、ほんとにすばらしかった。

だけどやっぱりライブハウスで見たい、スピーカーもウサギも、と思いながら、満員のお店の入り口付近で、椅子に座ってぼんやりした。

それから、再びB×Bへ歩く道、さみしいような、不思議な感覚で歩いた。
昨年と違って、もちおがいないからかな。今日はずっとかなしかった、という気がした。わたしの体調や、老いのせいか?小さな繁華街、場末の夜道、電信柱の灯り、古い飲屋街のドアや窓の灯り。嫌いじゃない道なのに、さみしかった。昨年よりずっと狭く感じたり、歩く道の距離も短く感じながら、何かがとてもさみしかった。

B×Bの前で、スピーカーのみなさんと話して、手をふって見送ることができて、山口ヒサシさんともやっと少し話せて、アリマさんに数年ぶりで会えて、(オカダさんとblond new halfを見に来ました、思いを遂げられました、とアリマさんは言って、お辞儀してくださった。わたしもお辞儀した。また会えてすごくうれしかった。盗撮して大月さんに送るか…と思ったけど暗くて撮れなかった。)
サキチヨさんに、「すごくよかった」と伝えることもできて、ウサギのギターの玉ちゃんに何年ぶりか、、、?で会えて話せて、(玉ちゃんもここ2年くらい久しぶりで復帰していると言った)、その時、「オカダさんというと、尾道って印象が強いんですけど、もともとなにか所縁があるんですか?」と聞かれて、そうだ、初めてウサギバニーボーイのライブを見たのはフェリーのイベントだった!と思い出したりした。
ゆかり…そういえば、主催の人たちはかなり前からの友だちだったよ!と答えた。
あの頃は産後の朦朧がまだ続いていたなあ。記憶が途切れ途切れ。

オカダさんはカフェかどこかで演奏しましたよね?と言われて、そうそう、ジョンバーガー!「あのお店もうなくなったんよ、すごく美味しかったんじゃけど。ハンバーガー屋さん」と話したり。
不思議な、消えかけてた記憶を辿るような会話だった。
あの時、ジョンバーガーのライブ、なぜかわたしの出番の時、聴く人たちは絨毯?の上に体育座りをしていて、わたしはステージで正座していて、
演奏前、前に詰めて下さいとか言われたのか、その団体がじりじりと前に寄ってきてオウムの群れみたいだったことを思い出した。(なんと玉ちゃんもそれを記憶していた。)

ただし自分がなんの曲をやったかとかは一切何も覚えていない。
ただ、ジョンバーガーで少しだけウサギのみなさんに初めて挨拶したのと、終演後、夜の道ばたで、海のそばで高宮さんとサキチヨさんと初めて話したのを覚えている。永田くんの主催のイベントだったから、「カメラマンズ、大学の頃好きだったんですよー」と聞いたり、あと、サキチヨさんがラキタくんを好きでふらんす座のライブ見に行ったと聞いて、「それ行きたかったんよー!」と言ったりした。(これらは帰宅してから思い出した。)

それから玉ちゃんは、「オカダさんのコードチェンジがかっこいいとずっと思ってて」と言った。「Eの押さえ方が」って。
なんか、なんとなくわかるな…独特よね、嘘の押さえ方するし。(握力のなさをカバーするために教本と違う押さえ方をする)と言うと、「いや、その押さえ方じゃなくて…コードチェンジが」と玉ちゃんは言って、
あー、握る時にこう、なんかやろうとしとる感がにじみ出とるかなあ…ネチョーッと(コードとコードを繋ごうとして、とか)…と言うと、
「生まれ持ったものだと思います。魂がこもってる。」と言われた。
コードチェンジが良い。かあ…。言われたことないし、この先もないだろうけど、なんの話?!とは思わなかった。わかる気がして、すごくうれしかった。

そういえば、高宮さんに、今日も「オカダノリコは声を出せばそれだけでいい。なんにも恐ることはない」と言われた。
この間の本と自由でも言われた言葉。

昼間、高宮さんに、「緊張せんのん!?うち、オエエエ!!言いながら来たよ」と、顔を見るなり思わず質問すると、「緊張…せんかなあ…」という答えで、
「まあ、昨日娘が、友だちと祭りに行って、無事で帰って来たんじゃろ?それだけでいいじゃん。」と言われて、「ほんと、そう。ほんとだよ…」となって、
そのあと、「オカダノリコは、その声がギフト。ギフトじゃけえ、ただ歌えばいい。声出すだけでいい。曲が悪くても。全然関係ない。なんにもおそれることはない。」と言われた。
この前も言われたけどやっぱり信じられないような気持ちで聞いて、ものすごくありがたくて、神様が高宮さんの身体を使って言ってるような気持ちになった。大袈裟だけど、ほんとに思う。

「それはものすごく、ありがたいお言葉じゃけど、でもなあ…」と言っていると、「聞かせてやる、くらいの気持ちでやったらいいんよ。」と言われて、「でも、昔話とかでよく、誇った途端に長者が没落するじゃん、己の能力に気付いて誇った途端に没落するじゃん、ねえ!没落するよねえ!」と言うと、「長者じゃないじゃん…」と言われた。

堂々と、は、どうすれば出来るのか。自分を信じる、も。

帰る時、
モンキービジネスを見るのは諦めて予定どおり帰ることにした。
中津さんの姿が見えて、「帰ります」と、ちゃんと挨拶して帰ることができた。
深々とお辞儀して、心の底から、ありがとうございました、と伝えることができた。
それでかなり安心して帰った。(ミートンには、フレンドを出る時にお礼とお別れを言い合ってた。)

ありがとうございました。ほんとうに。と、声に出して言いながら、電信柱の明かりの中を駐車場へ向かって歩いて、「最大1000円」と書いてはあるけど、詐欺みたいなカラクリが潜んでてすごく高かったらどうしようかと思っていたパーキングも看板どおりの値段で、あっさりと精算できた。
走り出してからフロントガラスが凍って前が見えないことに気付いて路肩に停めてティッシュで拭きまくったり、どうやったら溶けるんだろ…さらに凍っていったらどうする…どうなる…と思ったけど、しばらくしてふと、寒いなと気付いて暖房をつけると、フロントガラスの氷も溶けてなくなった。こうやって溶かすんかな…と思った。

道路は凍結してなくてホッとしたけど、念には念を入れて出来るだけゆっくり走った。ブレーキも慎重に踏んだ。うしろから来る車も、わたしの挙動が不審だったのか、凍結を警戒したのか、車間距離をすごくあけてくれてて、無事で帰宅できた。
帰宅すると、昼から何も食べてなくて空腹が限界を超えていて、とにかくごはんを食べた。
はるも、食べずに待ってたと言って、いっしょに食べた。

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