2025年1月25日

義務教育を受けている人がうらやましいな。はるはなぜ勉強できないんだろう。
もったいないな。無償で教わることのできる機会。
はるは実年齢より2年、骨年齢が幼い。やっぱり、と思ったよ。頭も心も、2年幼いと感じてきた。
だけど来年で義務教育の期間は終わる。
2年遅れて入学できてたら、もう少し学べたかな。
学ばせてあげたかったな。みんなが習得する学習内容。

だけど、学校は膨大な「覚えなくてはいけない」ことで頭をパンパンにさせられて(ノコギリの各部位の名称とか、修飾語とか文節とか、色相とか、モーツァルトの生まれた都市名とか、生きるのに必要ないと思うことを山ほど記憶させられる。聞くだけならいいけどテストがあるから一時的にも記憶するしかない)、そのうえ掃除当番、給食当番、体育と、体力のなさや多数のスピードに追いつけないことを毎日突きつけられて心身ともにヘトヘトになる。
だから、今の学校教育だと、はるはとても通えないと思う。
中1までがんばったけどだめだった。
それが無念。

学校には通えない、勉強は家でやるしかない、やろう、と何度試みてもだめだった。中1以降は、できなくなった。
なぜなんだろう。
なぜ勉強できないんだろう。
高等教育をとまで言ってない。義務教育の内容だよ。
こんなこと何百回も考えたな

いまだ、ふと、はるはこの先どうなるんだろう、と思う。
義務教育の内容を学べないまま生きるのかな。
そんなことよりサバイバルな、生きていく力を養えたらいいだけだけど、わたしにそれをサポートする能力も気力もない。

途方に暮れるけど、学習のことは今度のWISCの結果を聞いてから考えればいいか。
こんなにもはるが毎日笑っていて、すこやかであるだけで奇跡なのに。これこそ何にも変えがたい、得難い、ありがたいことだよ。奇跡が起きてるのに、わざわざ苦しむことはない。

義務教育。うらやましくて、受けられないことが悲しくて、必要なものに思えるけど、
でも、わたしも兄も、義務教育課程をかなり優秀に修めたけど、卒業後は2人ともぶっ壊れて今ようやく生きている。
と思う。
両親は義務教育の間、何も心配しなかったろうなあ。勉強を家で教わったことも1度もない。野放しに、叱られることもなく及第点をとっていた。はるが学校に行けないこと、勉強できないことを、「母にはこの気持ちはわからないだろうなあ」と思ってきたけど、わたしたちは義務教育の間なにも問題がなくても卒業後はズタボロで病院かよったりして。だめだったなあ。

義務教育は、良かったのか悪かったのか、わからない。幼い頃に我慢してがんばらない方がすこやなでいられるのかな、とも思える。
わからない。

けど、読み書きができるのは、義務教育のおかげなのかな。
わからない。読み書きは義務教育受けてなくてもできる気はする。
わからない。

はるが今、心がすこやかであることを感謝するしかない。それと、
心の底から願おう。
はるは全然大丈夫で、夢を叶えながら、能力を人とわかちあってたすけあいながら、しあわせに生きる。

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