2023年11月4日

音には全部出るんだよ。チャラチャラしてるように見えても、悲しそうに見えても、音を聴いたらわかる。深刻そうに真剣そうに見せたとしても音には全部出る。

それと、若いのにこれほどの能力がとか、末恐ろしいとか言うことがあるけど、若いのにじゃなくて、若いからすごいという場合の方が多い。初心の花とその次くらいのやつ。
若い時の才能の発揮は「すごい」ではなくて、やめるかもしれないし儚い。見守るしかない。
新しいもの美しいものは次から次から生まれてくる。
だから何かと比べて新しいじゃなくてかっこいいじゃなくて、そんなことよりも、ずっとうたっててほしい。わたしは。人に。


今朝動画でちらっとだけ見たfuturinaって、良かったな、ギターの音と、それから曲がすごくよかった…
聴いていると、なぜかゆかみりやを思い出した。
ゆかみりやのドラムはすごい。なすちゃんのドラムもすごい。
若くして、女性で、すごい人がたくさんいる。みんなこんなにもすごかったんだなあと今ごろしみじみわかる…わたしは何を見てたんだろう。酒飲むことしか考えてなかったのかな。すごいなあとかうまいなあとか思いながら、そこに溶け合うとか、じっと耳をすますとか、全然しなかった。
そわそわして、おそれて、自分がうまくやれるかだけを気にして、人の評価を得たくて、全身で音を聴くよろこびは、忘れていたのかな。酒をやめるまでの4〜5年。2014〜2019年。
今目の前で聴けたら、どんなにしあわせだろう。
人の演奏。

「バンド」は、自分の頃もそうだったけど、今の時代のだけじゃなく、20年30年前のとか古いのが良いとされて、むしろ今現在のものは軽いと否定されたりしながら、聴かれて演奏されて、
これからもまだしばらくそんなのがめぐるのかもしれないんだなあ…と思った。
でもそりゃあ江戸時代が終わったみたいに終わるだろう。
古いも新しいもないけど、

今のわたしは、美しくても新しくてもかっこよくても頼りないものは嫌で、
ずっとつづいてほしい。
演奏している人を突き通って安心に向かう演奏を聴きたい。死んだ方がいいと思いたくない。ずっと生きてほしい。

もしかしたら10代の頃からそればっかりを思っているのか
10代どころか幼稚園の頃からかも
幼稚園の頃、テレビで見た、タイトルも何もわからない演劇の舞台
主人公が巨大な時計みたいな溶鉱炉みたいな中に、まるい扉を開けて入って溶けてしまう物語、
号泣しながら見た。
こたつに入って見てたのが、ふらふらとテレビの前に行って、テレビに手をのばして画面にさわりながら泣いた記憶がある。
たしか「みんなをたすけるために」自分が溶けて消えるみたいな話だった。画面をさわりながら泣いた。






今日もノンストップで朝2時間。洗濯、布団の片付け、そのあとごはんを食べてコーヒー飲んだ。

夕方、進研ゼミからのおすすめメールが来て、ずっとやってないな、1学期の終わり頃、少しでもやったら?と言うとぐっと心を閉ざしてつらそうにするのを見て以来放置だ、放置しつづける不安と恐怖が突然湧く。必死でその感情から逃げる。手を離せ、忘れろ、と必死で言い聞かせる。はたから見たら教育を受けさせない育児放棄か。わからない。今は必死で、勉強させようとする気持ち、勉強しなければいけないんじゃないかという気持ちを叩き、おさえつけて、てめえはるに何をする、って食い止めている。なんにもわからない。毎日毎日が長い。


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