まめ氏の様子を見に行った時、まめ氏は起きていてエサのそばにいて、ぼんやりしていた。
手を近づけると顔を近づけてきた。なでると身体をのばして気持ちよさそうにした。てのひらに乗せても一切抵抗せず、目を閉じて眠るようにした。
こんなことは初めてで、今までなら身をよじって抵抗したり、軽く噛んできたり、おとなしく手の上に乗ることなんてなかったのに。まめ氏が急に衰えて見えた。
声届くかな、と思いながら、はるにも見せたくて、小さい声で「はるー」と呼ぶと、「はーい」と、はるが来た。
はじめてのことなのではるも驚いて、喜んだ。
はるの夢だった「手乗り」のまめ氏。
しばらく2人でなでた。
まめ氏は今にも消えそうに小さくて軽かった。あんまり小さくて軽くて、たまらなくなって、わたしは「生きとるのに!かなしい!」と泣いた。
はるは、「まめしは死なんよ。5年生きるよ」といつも言うけど、この時は言わなかった。
初めてハムスターの寿命の短さを思った。受け入れないといけないものだと感じた。
「生きて。長生きして」と言うと、はるは「しあわせに、長生きして」と付け足した。
お寿司1貫くらいの、小さな小さなまめ氏。
今かきむしっただけかもしれないけど、毛が一部分ハゲているのを見つけた。しっぽの汚れも半月以上になる。これのせいで急に衰えた?病院行く?と焦った。
調べてみると診療時間外で、明日になっても心配だったら行こう、今日は様子見よう、と決めて、はるは6時間目のみ登校する学校へ。はるを学校まで送って、わたしは尾道に行く準備をした。ヨロヨロと。
まめ氏は人間の年齢だともう70歳くらいなのかもしれない。
でも人間の時間とはちがう。まめ氏はまめ氏の時間を生きている。
よたよたと歩いて床材の山の中に戻っていった。
わたしにとってまめ氏はもう「ハムスター」じゃなくて、「まめ氏」になった

18時から、ハライソ珈琲で吉崎さんとセッション2回目。
がんばらずにうたえた。
前回は身体の中のもの全部そのまま出すみたいな脱力した叫びだった。
今日は、小さい声で、でもマイクを使って
自分の声を聞きながら、少しづつうたった。
うたいながらどんどんしずかになって、行きしの道々思ったことがよみがえるみたいだった。
ハライソに向かう道々は、七尾旅人の「Long Voyage」の1枚目の方を聴きながら、たぶんずっとひとりごとを言いながら、思いつくまま頭の中のことをうたいながら、だんだんと元気になりながら、車を運転した。
「誰かみたいな」とか、「こんな感じ」にとか、かっこつけとか、嘘くさいやつ、体裁だけ整えたやつ、そういうのを脱するにはどうしたらいいのか、
どうしたら「正直」に「素直」に「自分のうた」をうたうことができるのか、
でも、自分だけよければいい、自分のやりたいことさえうまくいけばいい、は嫌だ。そうじゃない「自由」って、何も気にしない全開の自分ってどういうものなのか
車の中で思いつくまま、自分が話して自分が聞くみたいに声を出してうたっていると、
魂の奥の奥の梅干しの種の真ん中みたいな「自分」そのものと「あなた」そのものは、そんなに大きく違わないんじゃないか、「わたし=あなた」、わたしはわたしのためにうたえば同時にあなたがうたっていることにもなるんじゃないか、という結論に至った。至った、というより、そんなうたになって、終わった。まあやっぱりそうか、と思った。
どうやったら「自分のため」が即「人のため」にもなるうたをうたえるんだろう。別になんにも考えなくても雑念だらけでもそれができる人が歌手か。ええな。
「できることは技術を錬磨することだけ」。
どういうものが雑念で、どういうものが祈りなのかもわからない。
策略のない(ないと感じさせる)まっすぐな声が好きだ。
天に手を伸ばすみたいな無心な声が好きだ。
自分をかえりみない慈愛に満ちた声が好きだ。
遊んでいるみたいな声が好きだ。
その頃、尾道の海が見えてきた。
そうやってうたいつづけていると、結局わたしがうたいたいことは「あなたのことが大好き」ということなんじゃないか、と思った。(思った、というより、うたった)
「あなた」には「音楽」も含まれる。
「わたしはあなたのことが大好きで、
なにも与えてくれなくても好きで、なにもしてくれなくても、
歩けなくても、立ち上がれなくても、
この目に見えなくても、
声はもう記憶の中でしか、
頭の中にしか聞こえなくても」
と、ひとりでにそんな歌詞をうたっていて、
うたいながら、「しゅうくん」だ、と思った。
そこからはしゅうくんに話しかけるみたいにずっとひとりごとを言った。もう歌じゃなくて喋った。はっきりと、大きな声で。
しゅうくんに会えて、ほんっっっっっとうによかったよ。
わたしはしゅうくんが大好き。しゅうくんの笑顔が好き。しゅうくんの声が好き。
会えたことがほんとうにうれしい。
生きていたらもっとうれしかったよ。お母さんを見返すくらいしあわせになって、お父さんと笑い合って、長生きしたら、もっとうれしかった。
でも会えたことがうれしい。ほんとうにうれしい。
しょっちゅう思うことだけど、大声で言葉にしていると、涙が出た。しゅうくんに向かってうたえばいいんだと思い出した。
家を出てすぐの頃は、こんなことを思ったよ。
「友だち」って、どこが好きかどうして好きか説明できない人のことかな。
何もくれなくても何かをあげたくなる人のことかな。
だとしたらわたしは友だちに出会えたよ。
それだけで、生まれてきてよかったと思うよ。
夕方6時に尾道に着いて、車を停めてハライソまで歩いた。
なすちゃんのれいこう堂出店には間に合わなかったけど、なすちゃんはハライソに来てくれて、セッションを聴いてくれた。ちょっとだけどマラカス鳴らしてくれたりして。
お茶も買えた。
わたしはこの頃やっと人と、話せるようになってきた気がする。
こんなにも大浄化みたいに、今日だって尾道に行くのが、一体、人と顔を合わせることができるのか、不安だった。それなのに、前よりもわたしは「人と」「話す」ことができるようになっている気がする。
「話さなくてもいい」ってわかったからか。
アンプを借りて、マイクを差して、シールドつなぎながら、ぼんやりと、わたしは「いい人」にふれたいんじゃなくて、すべての人の中に必ずある、「まことの心」みたいなものにふれたいんだなあ、と思った。
ぼんやりしたまま、音を出して、声を出した。
ハライソに行くと絶望が消える。今日も、歌い始めた瞬間、消えた。
ちょっと不思議だった。一瞬で心が静かになって、自転車こぐ時や車の中で1人で自由に穏やかにうたう時と近いような、でも吉崎さんの音が鳴っていることと外から電車の音が聞こえてくることでとても良い緊張があって、やけくそにならず、1歩1歩、もっともっと自由にと願いながら、でも思うように出来なくても絶望や不安でやけくそになったりせず、どっちに行こう、と探しながら、暗がりをじっと見ながら、うたをうたえる・・・・うたえているか?それはまだ、か・・・・でも、ほんのちょっとでも、安心と自由を感じる。
前回と同じように止まらず30分くらいやって、途切れ目が出来て、音がやんで、
たのしかったなあ、とうしろを振り返ると白水さんが来てた!
「外れのバス停」を歌い終えた時。
行けるかどうか、長くいられないと思うけど少しでも寄ってみるよ、と返信をくれた白水さんが、来てくれて、最後まで、8時までいてくれた。
今日うたったことの中の、おぼえている言葉は、
「言葉にしなくてもいい」とかのうたで、
「猫がぴょんと飛び出して、犬が立ってたって。その日記いつか見せて」
とか、
「泣いていてもいいって。苦しい、でもいいって。笑えなくてもいいって」
とか、
うたったことを覚えている。
うたいながら、自分が「普段考えていること」(実際的なこと)よりも、「今」目の奥に見えている光景、見えてほしい光景(あたたかい、光、希望)をうたいたい、と思った気がする。
そうしていたら、しゅうくんのことを思い出しながら走った道に今いるみたいだった。
真っ暗な、尾道の坂の途中の、街灯の下に立っているような気持ちになったり、
右手に海がある国道にいるように思えたりした。
前回の吉崎さんとのセッションは、今までにない体験、ふっと一瞬地獄から浮いたような、しあわせな体験だったけど、録音されたものを聴くとやっぱり自分は作為的で、素直じゃなく、自分らしさもなく、だめなとこが多く目について、心も身体も元気になったように思えるけど、やっぱり良くはないんだなあ・・・(そう簡単には音に反映されないんだなあ)と思った。
今さらがっかりはしないけど、どうすれば自分の音を出せるか、この頃いつも考える。正直で、素直な音・・
「自分の音」って、かっこいいかっこ悪いどころじゃなく、自分がこうしたいと思う理想とも全然違うかもしれないやつ。
きっと、空や山や海や地面とも人とも混じり合う、溶けあうやつ。
高木正勝さんは、雨や風や木々の音、鳥の声に耳をすまして、その中に「在ってもいい音」を探しながらピアノを弾くって言ってた。
それはとてもしあわせだと思う。
たびたび想像する。
今回も大して準備をせずに行った。行くだけでやっとだった。即興だのみにならないように次は少しは曲も完成させて行こうと思ったのに、完成させられたものはなかった。
でもね、それなのに、「外れのバス停」も「あぶくのうた」も「虫かごのネイゴー」も、即興を入れながら、あんまり決めずに、その世界を、自分の身体の中を、暗がりを、たどりながらうたえた。しあわせに。
「平気」も、もうちょっとゆったりした曲にできそう。Aメロを変えたり。
吉崎さんは、「基本的にギター1本で、小細工せず好きなようにうたったらいい。でもこのセッションはちょっと続けたい気がする。回を重ねたら、今までと違うものができるのかも、と思う」と言った。「でも俺はライブはしたくないくらい。ライブはおまえ1人でやったらいい。人に聴かせてこれ喜ばれるか?と思う。セッションは単純に楽しいからやりたい」と言った。
そういえば、「ライブはオカダ1人でやったらいい、自分の音はポップじゃないから」と吉崎さんが言った時、白水さんは「ポップじゃなくていいんじゃない?」と言った。
車を思ったより離れたところに停めてしまって、白水さんにそれを言うと、なにも言わずそこまでいっしょに歩いてくれた。
外に出ると真っ暗で冷えていて、冬だった。道々、この間母がたくさん渡した柿のその後を教えてもらった。
白水さんはあれから毎日せっせと柿を食べながら、ふと、これはいくらなんでも今まで経験したことのない量の柿が家の中にある、と気付いて、いくつか干し柿にした(!)。
すごいなあ、母も何度かやったけど、カビてだめで断念してたよ、と言うと、たまたま1週間1度も雨が降らない時だった、って。毎日もんで、そうしたら黒くなってやわらなくなって、美味しい干し柿ができたって。(!)
それと、熟れすぎた柿は乳製品と混ぜたら、ペクチンの力によって混ぜるだけでアイスやプリンになる(!)と聞いて、それもやってみた、(!)って。
白水さんのリュックは、帰りぎわに吉崎さんにもらったワイン(開封済み)3本と、わたしの母からのみかんと柿とレモンでパンパンで、
「これ、昔話の年末の買い出しじゃん!かさじぞうとかの!」とか、
「ワイン3本も持って帰るって、映画に出てくる場末のおっさんじゃん!ロンドンとかの。喧嘩して落として割るやつじゃん!」とげらげら笑った。
思えば、白水さんと2人きりでゆっくり話すの(駐車場までの15分くらいだけど)ものすごく久しぶりのような、短い時間だったと思えないほど、たのしかった。
白水さん、ライブ、12月にやろう、と言ってくれた。「2回やってもいいしね、」と言って、12月にトウヤマさんの都合がつかなかったら、第1弾として、3人でやって、4人でというのは来年でもいい、と言った。なるほど・・!と思った。
今年中にと急がなくていいんよね・・と行きしには思ったけど、たしかに、「今」の自分を出したい気がする、「すぐに」やりたい感じがある、と思った。
白水さんと別れて帰り道、今日は前より落ち着いてて、がんばらなかった。前回よりよかった。嘘くさいのが減っていた気がする。と思った。
そこでハッと、白水さんがいたからかな、と思った。
うしろに白水さんがいて、最後まで聴いていてくれたからかな。
夜中、吉崎さんから今日の録音ファイルが送られてきた。
(上のは、後半の30分)
聴いてみたかったのでうれしいです!と返信すると、
「リラックス、リラックス、
大きく 朗らかに」
とだけ書かれたメールが送られてきて、笑ってしまった。
小さくて、暗かったなあって。
大きく、朗らかに。
今度、ライブをできる時には、これを指針にする。