2025年9月11日
わたしは父を癒やしたかった
でも出来なかった
いつも悪態をついていた
朝は満面の笑顔で「行ってくるぜ!」って出かける父、帰宅してすぐウイスキーのきついやつの原液を飲んでそれからごはん食べる、お酒飲む父、
本をめくっては閉じてかたわらに置く父、
父には癒やしがあっただろうか
離れて暮らした時やっと、手紙を書いた
手紙をよろこんでくれて、
「のりとは絵の話ができる」そうでない時間は「魂の孤独」と返事をくれた
父に、誰かいたら、
鼓舞してくれて芸術の話をできて、父の文章を読んだり賞賛してくれたり、うれしい気持ちにさせてくれる人がいたら、
父は喜んだろうな
今ごろ。今ごろになって、
長く生きるとかより、そんな時間があったら
と思う。
献身的に完全に「家族」であった母に及ぶものじゃないだろうけど、
第三者の存在は癒やしになって、
よかったかもしれないなあと思う
喜んだだろうなあ、って、うれしそうな笑顔が今日思い浮かんだから
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