テレキャスはとてもいい子だけど思うように弾けなくて途方に暮れた。
今日から、いちから出会う気でやってみる。
鯨庭さんという人が漫画化した「遠野物語」を買ってみた。ぱらぱらと見た時、怖いかな、と思ったけど、1話目を読んだら、よかった。
水木さんの「遠野物語」はちょっと怖くて、数日前、寝る前に読んでいたらとても怖くなって中断してしまった。妖怪じゃなくて、人間が怖い。
はるは友だちが遊びに来て、わたしはずっと2階で浜田さんからの手紙を読み返してた。
「つげ」のコーヒーを淹れて
「つげ」のコーヒーはほんとうに美味しい。わたしにはちょっと奇跡みたいな味がする。酸味が苦手で、甘味がしっかり感じられる深煎りが好き。この好みに合致したコーヒーに今まで出会えたことがなかった。同じ好みの人にすすめたい。濃厚なのになぜか「透明」と思う美しい味。酸味が少ないと書かれててもやっぱり酸味は感じるというコーヒーが多いけど(酸味を好む人も多いんだと思う)、これは酸味がほんとうになくて、雑味もまったくない。出涸らしみたいな状態のまで、お茶みたいで美味しい。豆は全粒がつやつやしてて整ってて、ガギッとなって挽けない硬い豆が今まで1粒もない。挽く時の感触がやわらかい。ど素人のわたしが淹れても美味しい。淹れた時の香りから違う。一口飲んだだけで、ほーーっとなる。たくさん飲まなくても満たされる。わたしはトミオフクダという豆がいちばん好きです。
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浜田さんからの手紙は、
全部とってあるし、何度か読み返したから覚えているところもあるけど、やっぱりすごくよかった。
10代の時、学校帰りに家に寄ってくれて、ベースとギターで「リズム&フォークじゃ!」言いながら、唯一いっしょに演奏してた友だち。ほんの一時期だけど。
音信が途絶える前の最後の方の手紙は、
「猫の絵の便箋買ったら100枚全部絵が違うんよ。それ見たら手紙書きたくなった。」
「毎日ダラダラ暮らしとるよ。夜になると釣りに行くんよ。
アナゴが釣れるよ。タモリも釣れたよ、この前。
アナゴはいっぱい釣れるし逃がすんじゃ。持って帰っても食べんしね。
週2〜3回は行くよ。」
「サカナはいいなあって思う。この頃。
暑いけえかもしれんけど、将来サカナになりたい。
サカナかイルカかクジラ」
その手紙は、住所と姓が変わってて、手紙の最後に新住所と名前と、はじの方の見落とすようなところに小さく、「結婚したんよねぇ」って書いてあった。
唐突で、身勝手で、シンプルで、生き生きした言葉。
手紙はほんとうにいいなあ、と思った。
ものすごくゆっくり生きたいと思った。
「最近ずっと子供箱の「黄色い精神」のカセット聞きょーる。ほかにもカセット、かたっぱしから聴きょーる。
おかださんの ゴッホ見る時みたいに、『優しいけど胸騒ぎのする気持ち』になる。
見ず知らずの人と冬に鍋を囲んで、こっちが遠慮してたら、ホラ、肉食べんといけんよ、って言われた時みたいな くすぐったいような気持ちと、その肉が何の肉かわからんようなドキドキした気持ち。
なんかすごい例えじゃけど、
聴いたら、会いたい と思ったんよなあ。
「誕生日」を聴いて、笑って うれしくて、「蒼空」聴いて心がうるうるしてから
あたしはなあ。今すごいイヤな毎日送りよるけど、それが他人事のように思える。
ああもう辞めてしまいたいよー もうこんな毎日イミないってば もうダメじゃあほんま あのババア ハラ立つしアタマぐちゃぐちゃよ きっと今だってダレかと悪口言ようるんじゃし、たまらん この生活〜〜〜〜〜!!!
……あら、そうなん? ってな。」
差出人住所のとこ、いつも変だったなあと思いながら見たら、この時は「イノシシより」で吹いた。
「いつか会える日がくるかしら」
って。
これは、はたちのころなのかな。
会える日はまだ来てない。
「車の免許をとったから猫といっしょに釣りに行ってる」を最後に、手紙を出しても住所不明で返ってくるし、住んでたあたりを表札見ながら何度もうろついたり、探偵ナイトスクープに探してほしいほど消息を知りたかったけど、
まあ、会えなくても会えてるみたいなものかも。
今こうして長い長い年月を超えて思いきり共感するってことは。
謎の赤い下線も面白い…。
夜は、
この曲が流れてきた時、涙がでた。なぜだろう。
SNSで嫌われるとか、なんとなく疎遠になるとか。どうしてなのかわからなくて、しかたないからどうでもいいや。どうぞ。って思うけど、
わたしの大切な人たち、浜田さんをはじめ、心がつうじると感じる人、大好きな人たちを思うと、
なんか、今朝見たハナオさんのメールマガジン?に、「人を応援する」と、それは「実際に」相手の力になる、って書いてあって、あなたが人のために祈ったら、ぼんやりした心の支えとかじゃなくて、「ほんとうに」いいことが起きたりする。って書いてあって、
なんかうれしかった。
無力じゃない。自己満足じゃない。
だったらいいな。
なにもできなかったけど、それでいい。
わたしには才能がないから。なにも成し得なかったのかな。なにも残らなかったのかな。そこが分岐なのかな、と思うけど、それでいいし、「あんなふうになれたらいいのにな」「どう生きたらあんな笑顔できるの」とか、歌、ギターの音、
それは才能 なのかな。とか。
もういいよ。
ちがうと思う。
土をさわったり、うらやんだり、泣いたり、
その自分で生きて死ぬ。
2025年9月27日
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