忘れ去られるのは寂しい。さみしさは胸にグサグサ突き刺さる。涙も出る。けど、これくらいはほんとになんでもない。
夜。これを表現してる曲はないか必死で探して、好きだけどほとんど聴いたことがなかった宇多田ヒカルを聴いて感動したりした。こういう効用がある。
それと、またデータがいっぱいで整理を余儀なくされて重複してるファイルとかを消している時、20年前のMDウォークマンのメモ録音を見つけてBand camp(保管庫)に載せたりした。
誰に聴いてもらうというあてもなく家で1人歌ってた2003年頃の歌はとてものびやかで、澄んで聴こえた。ビョークの「vespatine」を聴いて歌を歌いたくなった頃。
当時の自分は自分の歌や録音を、「泥を落としたら(洗い落とすみたいにノイズを消したり音質を良くしたり聴きやすくしたりしたら)(かろうじてある良さや個性も)なんにもなくなる泥団子」と評してたけど、今聞くと別に何も卑下する必要はないと思う。
今だって同じで、うたいたいうたを、うたえるよろこびだけをもってうたえばいい。と思う。
それと、同じ頃の、波ちゃんの歌にあわせて弾くギターがすごく良かった。これもBand campに載せた。
波ちゃんは当時、「おかだちゃんのギターは歌いやすい」と言ってくれてた。わたしも、自分が歌うよりは確信を持ってただしあわせに弾けた。
「上手でも歌のテンポに合わせてくれない人は多い。微妙に速かったり、合わなくて歌いづらい時がある」みたいなことを波ちゃんは言ってた気がする。その点でおかだちゃんのギターは歌う呼吸といっしょ、って。
今聴くと頷ける。わたしのギターは波ちゃんの歌に寄り添ってる。
なんせ、弾くのがすごくうれしかったんだろうと思う。だから無心で上手に弾けたんだと思う。
好きな人の伴奏をするのはほんとうにしあわせ。
ああ、ほら。もう回復してきた。寂しさ。ってそんなもんだろ。
「人にふられても傷つかない気がしている。でも歌にふられたら死ぬかもしれない。だからうたえないんだと思う。」って20年くらい前にも日記に書いた。
それと、このパソコンには入ってなかったけど、波ちゃんにダビングしてもらったsilly sistersの「somewhere along the road」も、よく歌って、MDウォークマンでも何度か録音した。当時は同じフォルダに入れてたけど、はずかしくてデータを移さなかったのかな。
これがsilly sistersのアルバムの中の、「somewhere along the road」。
聴かせてもらった波ちゃんの実家を思い出す。
あの時もかなり絶望的で、波ちゃんの家に泊めてもらってたけど、どんどん塞いで追い込まれて、あまり人と話せなくなってた。波ちゃんとはほとんど顔を合わせなかったけど、何かに気付いてくれたのかな。聴かせてもらえたことがうれしかった。
高台にある家の、2階の窓から、風が吹いて気持ちのいい夕方だったような気がする。
波ちゃんはドアをノックして、「エンケンはどうですか」「高田渡はどうですか」と言ってCDをドアの隙間から見せて、「聴いたことない!」と答えると、貸してくれて、聴かせてくれた。
いっしょに聴くんじゃなくて、黙ってCDを手渡してくれて部屋へ戻っていった。
2025年6月1日
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