2025年1月22日
電車の中で、ずっと考えた。頭から出てくるままノートに書き続けた。片道2時間の道のりのおかげで、行きと帰りと、1人いっぱい考えて、心が落ち着いた。
いつからか、死ぬことがかわいそうになっていたみたい。生きていてほしいとか、生きてるうちに会わないと、とか、会えなかった、とか。この世のスピード、
早すぎて、
外が早いからって、自分を「遅い」と思ったり。いつのまに、人のものさし。
忘れてた。
自分のスピードがあるだけだった。
ありきたりだけど、
自分の目的を思い出した。
人の共感がいらない、わたしの目的。
自分の目的のために生きよう。
そしたら、人をうらやむとかもなくなるなあ。
志なかばとか、いつでも、途中でも終わっていい夢。
わたしの夢は、あの世のこの世の全生き物すこやかにしあわせに
自由に、慈愛に満ちた今日を生きること
生きても死んでもどこにいても、その魂が
「今」すこやかで苦しくなくて、しあわせだったらいい
心の底から信じる
誰がなんと言おうと
生きていて今苦しいなら治療法が見つかってあっさり治る
死んでいたら、
死んでいても関係ない、
同じ
「今」いるところが最高の
自由なしあわせな、自分のいたい場所で、
よかった、って 心の中が笑って、
しあわせでありますように
そしたら、Sさんについて嘆くとか、必要ない。
ただ祈ればいいんだ。
消息がわからない人に対しても
もう「心配」じゃなくて、
今、苦しくなくて笑っていることを心の底から信じて願えばいいんだ。
どんなに無力でもわたしは信じる。