2024年12月25日

12月21日(土) わたしのともしび
(少しずつでも書いておきたい)

16時過ぎに家を出て尾道へ。17時前にハライソに着いた。
朝、Mさんが倒れて入院。母が救急車を呼んだ。症状は軽いけど、ふらつく状態で1人暮らしは危険だから入院になった。
出かける予定だった母も家にいることにして、体調も良くなくてずっと部屋で寝ていた。
神棚に祈った。
晩ごはんはスープだけ作った。はるが自分でチャーハンを作ると言った。

ハライソに着くと準備。机や椅子を動かして客席を作る。アンプを繋ぐ。なんだかノロノロ、役にも立てず、セッティングも身を入れて出来ず、あっというまに開場、開演時間になった。ぼーっとしていた。

18時を過ぎてトウヤマさんとすずちゃんが到着して、着くなりすずちゃんは「今日、わたし歌うの?」と言った。吹いた。「交互に歌う予定」と言うと、「セッションだけかと思ってた!一応ギター持って来たけど。わたし歌うんだ!じゃあちゃんとした格好してくればよかった」と言った。普段着のセーターで。でもそれが良い気がした。「誰かの家にいるみたいな気持ちで」やろう、と伝えた。

トウヤマさんにも何もはっきりしたことをお伝えしないまま、
前日に送ったメールには、「2年前トウヤマさんの家で、トウヤマさんとすずちゃんが果てしなく即興で歌っていた時、わたしは緊張してその中に入れなかった。昨年トウヤマさんと共演出来た時も、『既存の曲をちゃんとやる』『来てくださった方をがっかりさせない』で頭をいっぱいにして、せっかくの時間に、心を開いてセッションすることができなかった。今度こそ、これからは、めちゃくちゃになろうとも、心を開いてセッションしたいです。」と書いた。
返事には、「明日うかがいます。セッションしましょう」
とだけ書いてあった。
狂喜乱舞した。ただ、具体的な説明は一切、しそびれていた。
しない方がいい、とも思った。

開演直前に、すずちゃんに、「前にいっしょに演奏した時(5月)、心を開いて即興演奏することができなかった。それを少し悔いてて、今度こそやってみたい」と伝えた。ほんのニ、三言。それだけですずちゃんは理解してくれて、目を輝かせて賛同してくれた。

わたしは子供の頃から、頭の中に鳴っている音を、人に説明できない、自分で具現化することもできない、のに、いっしょに演奏をしてくれる人が現れるとその理想を押し付けた。その人にとってピンと来ない音でも、出したい音じゃなくても、「こうしてほしい」「こうじゃない」と押し付けてきた。具現化が不可能だったり、しつこくて呆れられたり、多くの人が去っていった。

イモトくんはその1番の被害者で、CDを作る時も、ライブのためのアレンジの時も、どれだけ自分の案をつぶされ、意に沿わない弾き方を強要されたか。だから今回は「一切要望はない」と伝えた。ほとんど連絡もとらなかった。
それをやってみたかった。

わたしのああしたい、こうしたいを手放して、みんなが思いのまま出した音が、もし融合できたらいいな、って
それをわたしはしずかにちゃんと聴くことができて、その中に入れたら、参加できたら、
と思った。
そうしたら、自分の思惑よりずっと広い、大きい、想像を思いきり超えるものにふれられる気がした。

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