洗濯物を干しに出た時、ハグロトンボを見た。久しぶり。ナツロウバイの上を飛んで、裏の家に飛び去って行った。身体が光った水色で、黒い羽。
はるが入院した年、庭に毎日ハグロトンボが同じ場所にいてずっと動かない時があって、その後入院したから、警告みたいに思えてしばらく怖かった。
何年か前にも同じ位置にじっとしてたことがある。その時も自分が何かひどく間違ってるんじゃないかと緊張した。
今日もやっぱりちょっと、何か言いに来られた気がして、軽快に飛び去って行ったけど、「ごめんなさい」と思った。
悪いところばかりで何を謝ったらいいかわからないから、ごめんなさいごめんなさいと言う。
それと、それでも今日無事であることを「ありがとうございます」と思う。
地震や災害に遭わず今日戦争が起きてなくてありがたい。
はるは2時間目の美術に登校。
空き箱を使って生き物(空想上でも実在の動物でも可)の授業2回目、「何作るかは、はるは『まめし』にしたんだけど、」って、
当然のように「まめしをつくる」って言うからうれしかった。
みんなは何を作るか思い浮かばないって構ってたって。
帰宅して、お昼ごはんの時、「これ見れるよ」と言って急に、U-NEXTで『この世界の片隅に』を観始めた。
小さい頃、退院してすぐの頃?カンダさんにDVDと本をいただいて、すぐに観たけどはるには後半がつらすぎて、もう見たくない、と言った。その後もう1度だけ見たけど、「ここから先は嫌!見ない」と後半ほとんどを飛ばしたりした。
それももう5〜6年前か。
2人ともなぜかほとんど覚えていないし、初めて見るような感覚で見た。
そうしたら、ものすごくいい映画だった。
後半のつらい場面も、はる今日はじっと見てた。ほんとうにつらい。
わたしは本まで読んでるのに、おぼえてない場面がいっぱいあって、
呉の山手のどう見ても民家しかない畑に、戦闘機の機銃掃射が行われていたのも知らなかった。見ても見過ごしてたんだと思う。
太平洋戦争末期、こんなにも皆殺しの体制に入っていたのかと呆然と見た。
いがんとる、のところ
とか、
知らずにいたかった、のんきに笑っていたかった、って
どれもこれも、
「戦争がなかったら」、戦争が起きなかったらあの人もあの人もあの場面で死ななかった。
なぜ「お国のために」たたかったんだ、許容したんだ、一丸となって、耐え難きを耐えたんだ、
初めて知るみたいに強く強く嫌で、戦争が嫌で、悲しくて悔しかった。
すずさんの友だちが戦死したのを想起させる軍艦、
羽が生えて飛んでいく、
うさぎのような波、
絵を描くのが得意だった右手
映画の最後がとても良くて、
はるもここだけは、後半を嫌ってた時も見てた。
今日見てやっぱり、すごく良かった。
出会えてよかったねえ、って

はるは映画を見終わってすぐ、すずさんを描いた。
昔の友だちと、だんなさんと、義理のお父さんも描いた。
ずっと熱心に描いてた。
・
わたしは夕方、ふと思い立って裏の草刈りをした。
お湯を沸かしてコーヒーをいれながら外を眺めて、草ボーボーだなあ…と思うと、急にきれいにしたくなって、コーヒー飲まずに始めた。
始めると止まらなくなって三方の草を刈って掃いた。
今年はあまりの暑さに草を刈る時がなかった。
この間の台風で雨がよく降ったせいか、かなりの草ボーボーだった。
途中、ハッと、全部刈ったらせっかくこの頃始まった虫の音楽会が…と気付いて踏みとどまった。虫の声がよく聞こえてくるあたりの草は残した。
それと、ボーボーの雑草は気温を下げるんだって、ありがとうね…言いながら刈った。灼熱の時、そうと知らず気温を下げてくれてたんだろうな。草にとっては別に無意識で、でもほんとにありがとう。
汗びっしょりになって、それから15時半、はるは美術部の部活動へ。
送って行った。
今日2回目の登校。
部活も、元気に行って帰ってきた。
2024年9月5日
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