父の命日。
午前、仕事に行って、午後、学校に荷物を取りに行った。
日が暮れる頃、しんどくて、今日はしんどいから、癒されるためにギターを弾く、も出来ないな・・と思いながらも、ギターが目に止まって、弾いた。
Black Birdを一瞬だけ弾いて、それから父が亡くなった年につくったうたをなんとなくうたったりした。未完のままのうた。
ぴんぽん玉の向こうには青い空が広がってる
ぴんぽん玉の向こうには白い闇が広がっている
だんだん畑通りすぎて車はずっと遠くのほう
景色をけって進んで行く見えないずっと遠くのほうへ
という歌詞のうた。
火葬場へ行く道の光景と、
夜、スーパーボールを窓際に置いて眺めた時のこともそこに混ざっている気がするけど、それはうたが出来た時の、初夏の光景なのかもしれない。
ボソボソうたってラジカセで録ったのを愛子さんに聴いてもらったら、この未完のほうの「ぴんぽん玉」は無反応で、第2弾の「ぴんぽん玉」だけは、「これいいね」と言われた。だからよけいにボツになったのかも。だけど、この未完のほうのもずっと記憶に残っている。
叔母が火葬場で、寝ているわたしの顔をのぞきこんで、
「ガラスはだめよ」と言った。
「ゴムまりみたいに、ぶつかってへこんでもまた戻るのがいいんよ」って、
ゴムまりは、その場で言われたんじゃなくて、手紙に書いてあった言葉だったかも。
手紙には、
「繊細(naive)は、どんなに繊細でもいいけど、神経質(nervous)はだめ」とも書いてあった。
わたしは、しばらく経ってから日記に書いた。
「ガラスはだめよとまこおばちゃんは言った。
でも、まこおばちゃん、ガラスは綺麗です。」
と書いた。
これまで見たことのある、会ったことのある、透明で繊細で美しい人たちのことを思い出したから。
「ぴんぽん玉」という言葉は、その「ゴムまり」からとった。
通夜の間は、あほらしさと共にテンションあげて、父のジャンパー着て、笑ったり話したりした。全然関係ない話をして、悲しくない状況にした。
でも葬式となった朝、家の中は急に静かになっていて、腹が立っていった。
なんで泣いとるん、死んでないよ、勝手に殺すなや、そんなに泣きたいん、泣きたいけえ殺すん、泣くために集まったん、殺すために集まったん、泣いてさっぱりするために。座布団なんで3枚なん、4人家族よ。なんで疑いもせず、このたびは…なん。死んでないかもしれんのに、なんですぐ飲み込むん、
と腹が立った。
泣いたら認めることになる、誰が泣くか、と泣かんようにした。
でも、だんだんと、死んだんかもしれんなあ、と思って、この歌を作ったのかな。耐えきらんかもしれんわ、と思ったんかな。
通夜の日は、たしか、帰宅してまず自分の部屋に入ってギターを弾いた。
Black Birdを弾いた。
そうしていたら親戚が集まってきた記憶がある。
あの時、とても静かだった。
そんなのを、ぼーーーっと、夕方、思い出しながらギターを弾いた。
そうしていて、ふと、「Dancer in the dark」の中でビョークが歌う曲を思い出してうたった。
お母さんが息子に向けてうたう歌。
はじめてギターを弾きながらうたった。
これはその時録ったボイスメモ。雨の音がすごく入っている。
映画をDVDで借りて観た時、そこを巻き戻しては何回も聴いて、うそ英語をノートに書きとめて、心の中とかでうたっていた。
ビョークの中で好きなうたの3位に入るかもしれない。
Who is itと、Unisonと、Auroraと、このうたが
特に好きだ
それからもう少しうたって、
そうしていたら外は真っ暗になっていて、
しんどいのは消えてとても元気になっていた。