2021年11月14日

夜8時ごろ、電話が鳴った。原おじちゃん(はーじいじ)の具合が良くないからすぐ来てほしいという施設からの連絡だった。ちょうどまだ風呂に入っていない時で、はるが、「はーちゃんも行く!」と立ち上がった。
「でも大勢で行ったら迷惑じゃろ、面会できんかも」と言うと、はるはぽろぽろ泣き出した。
「行きたい!後悔したくない!」と泣いた。
あまりに突然泣いたから、神様が行け言うとるね、と、はるもいっしょに車に乗った。

夜遅くの入所施設に子供を含む4人で押しかけたけど、「いいですよ、どうぞ」と通してくれて、医務室に寝ている原おじちゃんにすぐに会わせてくれた。
苦しそうだからと3Lの酸素、それ以外は点滴もなく、サチュレーションを測るものも心電図もなく、何にも繋がれずに、おじちゃんはただ吐いたものを受ける容器だけ抱えて寝ていた。

おじちゃんの顔はとても綺麗だった。96歳とは到底思えない。苦しくて眉間に少ししわがよっているだけで、つやつやして、とても綺麗だった。
小声ではるに、「きれいだね」と言った。はるも「うん」と言った。

施設の人は、「このまま、看取りというかたちになると思います」と言った。痛みや苦しみの対処以外、一切の処置をしない、おそらく病院にも運ばないと言われた。
その時はただぼんやりと、それを聞いて安心して帰ったけど、あとから思えば、わたしの祖母も、原のおばちゃん(はーばあば)も、病院で亡くなった。病院では、誰がどう見てももう死ぬのに、昼食が出て口に食べ物を入れられたり、リハビリでーすと足の屈伸をしに来たり、見てわからんのかと腹が立った。それに比べておじちゃんのいた施設は、もうごはん食べられないおじちゃんをただそっと寝かせておいてくれた。おじちゃんはどうだったかわからないけど、わたしは、よかったと思った。)

帰る前、おじちゃんの手に触れて、おじちゃんありがとう、生まれてきて、長く生きてくれてありがとう、と言うことができた。

帰り道、はるが、人が死ぬってすごいエネルギーなのかもしれないと言った。
どんな気持ちでどんな言葉を使って言ったかもう思い出せない。
真っ暗な川沿いの道を帰った。

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