朝、靴の中からごきぶりの死骸が出てきてギョッとした。
この間は母がヤモリの死骸を見た。数日前。
夏に、つとむさんとメールをした時、つとむさんが「異様な頻度でカラスの死骸を見る」と言って、「でも、死体を見るって悪いことのようだけど、いい意味らしいよ!」と教えてくれた。それを思い出してヤモリの時に検索してみたら、「もう大丈夫。安心してね」という天の声だと書いてあった。良い転機、とか、家を守っているよという知らせ、とか。母に伝えるとほっとしていた。わたしもはるもほっとした。
それで今朝のごきぶりも、意味を検索してみた。気休めだけど。
わたしには、ごきぶりというと、5年前の夏の、素足で踏んでしまった出来事、はるの入院前の夏を思い出して、自分の行動に問題があるんじゃないか、はるに危険が迫っているんじゃないか、と怯えてしまう。
でも、忘れ物を届けに歩く学校への道々、「とにかくはるがすこやかに天寿をまっとうできますように」と思った。
学校へ行った方がすこやかに生きられるなら行ってほしい、行かない方がすこやかに生きられるなら行かなくていい。
学校に着いて、保健室の先生に忘れ物を託して、家へ戻る。坂を歩きながら思った。七尾さんはハムスターの死体を見つけた。つとむさんはからすの死体を見つけた。どちらも、お墓を作って埋めた。 どんな意味が、とか、悪い知らせ、とか、そんなことは思う間もなく、お墓を作った。
わたしもそんなふうに生きたい、と思った。考えるより、ただ行動をしたいと思った。死ぬ時まで、そう生きたいと思った。
家に戻るとまた、自分の中の毒、毒、毒、
でも仕事へ出かける直前、郵便受けにタテさんからの手紙を見つけた。信じられないような気持ちでそれを乗せて仕事に向かった。まだ封も開けないのに、とてもあたたかい贈り物に感じた。
仕事へ行く道。
ニシさんがずっと前に私信で、「オカダさんは唄者だと感じます」と書いてくださったのを思い出した。
あの時、ものすごくうれしかった。
もしそうだったらうれしい。
唄者。そうなりたい。そうありたい。
2021年9月29日
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