2021年4月4日

母に連れられてお参り。
毎年の、はるの進級祝いの。
体調を考えても、今日お参りできるのは嬉しかった。ライブ、すばらしい日になって、ありがとうございました、とお礼も言える。

手水で手を洗った時、「綺麗になったかな。心。」と言うと、はるは
「心。」と繰り返した。

子供の頃から母に連れられて何度も来た教会。
かつてはあそこに木の柵があった、いつからなくなったんだっけ、とか、
夏は窓から生い茂った植物が見えて、土のにおいが風にのって入って来た、とか、
ここに老若男女がひしめくように、わいわいと日曜日、お参りしてた、
とかを思い出した。

いつもにぎやかだったこの部屋は、自分が小さかったせいか、広い広いイメージがあった。座る場所がなくてアップライトのピアノの下に潜り込んだこともあった。

お茶をやかんに入れて、ついで回る人、
いつも決まって落花生が入ったおせんべい。おせんべいとお茶が配られて、わいわい話して解散する。
今は、大きな観葉植物などが置かれたり、機械が導入されたりしていて、もうあまり面影がない。
いつ行っても静まりかえっている。

アップライトのピアノも、みんなでお祭りの準備をした土間の台所も、もうない。お茶くみ係なども、撤廃されて随分経つ。


祭壇を見ながら、神様は目には見えないのに、どうして具現化させたり、人の作法があったりするんだろう、と、ぼんやり思った。

昨年よりさらにお参りしている人は減ってた。
原のおばちゃんももういない。まるまった背中で手を合わせるおばちゃんを思い出した。

母の世代の人たちがいなくなったらここに来る人は完全にいなくなるかもしれない、そうしたら、何かが絶たれるのか?この建物も消えるのか?と思った。
もしそうなったら、それは神様にとって嫌なことなのか、とかを考えていた。

全然わからない。わからないけど、
はるがすこやかに、できるなら長く、しあわせに、友だちと共に、生きるために、そのための手助けをできますようにと祈った。
母を、兄を、お守りください、2人につながる人を、つまりは世界全部の人をお守りくださいと祈った。

わたしは、すぐに希死念慮が湧く。でも今現在、それは完全に逃げだ。
つらいことを知りたくないだけ。見たくないだけ。
わたしがいなくなった方が平和なんじゃないかと思う時はある。
でもちがう。逃げる方がよっぽど、母とはるに迷惑をかける。それがはっきりと思い浮かんだ。
生きなくちゃだめだ。
生きることを考えろ。

生きるなら、明るく強く生きるんだ。はるをすこやかに育て上げる。
体調のことは、不安もよぎるけど、
なんともありませんようにというよりも、みんなにとって良いようにしてくださいと祈った。
はるが元気でありがとうございます。わたしの心、汚いのを、治してください、導いてくださいと切実に祈った。

生きる死ぬ以上に大変だと思うのは治療だ。
わたしは治療する人を心の底から尊敬する。
だからわたしもがんばるんだ。

Powered by Blogger.