2020年12月5日
ほうきを取りに行こうとして、
蜘蛛の巣に突っ込んで、
跳ね返されて、
顔を上げたら大きい蜘蛛がいて、
笑ってしまった。
落ち葉を掃きながら、
梅の落ち葉は、冬用の自分の布団として
葉を落とすのかな、と思った。
どうなんでしょうか、と梅に言いながら
落ち葉を根元に置いた。
この前読んだ宮崎駿の本で、
「凶暴性はストレスが原因の異常な状態、と思ってたら
どうにもならない。
暴力はもともとある。
祭りなんかで発散させてなんとかなってる。
自然は凶暴。無慈悲に壊す。
人間も凶暴性をもともと内在させてる。」
というようなこと書いてあるのを見た時、
なんだかほっとした。
長いこと、怒りが湧く自分、凶暴な自分を
否定して苦しむばかりだった。
あって当たり前の中で、
がんばってコントロールしよう、と思う。
。
落ち葉を掃きながら、
今の自分は、ちょっとあまりにも
誰にも会えない、誰とも話せないような
ひどい状態だろうなと思った。
こうやってぼんやりして、
落ち葉を掃いたりしながら
取り戻そう、と思った。
こんなことは前にもあった。何度もあった。
産後にも似ている。
ひたすらに、体調が良くなる物を探して
ひまわりの種食べたり、玄米食べたりしてた。
たんぽぽ茶飲んだり、
シャンプーも変えたり。
あんなことは、どっちだっていいことかもしれないけど、必死だったし、
そうやってまず体調から立て直そうとするのは
いいことだと思う
わたしは、
はるのために、しあわせにならないと。
健康でいないと。
はるのしあわせのためには
自分のしあわせは投げ打って
じゃない。それは逆。
わたしがしあわせじゃないと、
はるが不幸になる。
今やっている仕事は、
いつ行ってもいつ帰ってもよくて
ほんとうにありがたい。
その点にずっと甘えてきた。
でも、毎日「行きたくない」と心の中が叫んでいる。
行きたくない。
行ったら、帰りたい、と思う。
帰ったら、疲れてしばらく動けない。
なにも、大したことやってないのに。
どうしてだろう。
せめて音楽が鳴っていれば、と思う。
音楽が鳴っていたら、こんなに苦しまないだろうな。
どうしてつらいのか、わからないけど。
「行きたくない」「やりたくない」じゃない仕事で
お金を得て暮らしたい。
しあわせにはるを育てたい。