2020年6月26日

昨日、寝る前、
友川カズキ著「一人盆踊り」の続きを読んだ。

薄暗い地下鉄も、湿った畳の部屋も、
地下の画廊も、電信柱も、星空も、
描いてなくても見える。

昨日読んだところには、
付き合いとか思いやりとか、
情とか知性とか、そういうんじゃなくて、
ただとにかく、地面に、土の上に、1人、
思いっきり、木の枝なんかの棒きれで、
大きく、書いたものを
出し合うことで
交流するしかない、
というようなことが書いてあった。



今朝もうわごとみたいにひとりごと言いながら自転車をこぐ。
とても綺麗な青色のプラスチックのバケツを見かけて、
「青いバケツは白水さん。」
と声に出して言ったり、
それから、幼稚園の時のことを思い出した。

幼稚園の頃、友だちに、
怖いおばあさんがいるから見に行こう、と誘われて坂を下りた。
近所の古い家、引き戸を開け放した玄関先におばあさんがいつも座ってて、山姥みたいに怖いという話だったと思う。

お化け屋敷に行くみたいに、笑いながらそこに着くと、引き戸は開いていて、おばあさんが座っていて、
ちらっと見て、すぐキャー!と駆け出した。

角を曲がると、友だちは立ち止まって、「怖いもの見たら、唾3回吐くんよ!」と言って、側溝に唾を吐いた。

玄関先に座ってるおばあさん、って、どう考えてもまったく怖くないのに、つられてわたしも唾を吐いた。
その女の子は、こうすれば悪い夢を見ない、と言ってた気がする。
2人きりで行ったのか、何人かで行ったのか、覚えてないけど、
みんな笑ってたと思う。

その後、
たしか中学3年生の時、
「わたしも将来、唾3回吐かれるおばあさんになるのかな」
 と思った。

そして今日、
自転車をこぎながら、
何してても唾を吐く人は吐くから、気にせず生きるべきだと思った。



夕方、
はるはHちゃんに泣かされて帰ってきた。
はるの人生なのに、つい、誰にも傷つけられないでほしい、理不尽な目にあわないでほしい、車にひかれないでほしい、川に落ちないでほしい、と、怖くなって、回避させたくなってしまう。
何がどうなっても、これははるの人生なんだ、と自分に言い聞かせる。



夜中、
「悲しいのはなくならないけど、
悲しいの上にしあわせが
パラパラふりかけられた感じがする」
「そのまた上に、うしろめたさが
パラパラって感じで
そうやってこの先も
なんとかやっていくんだろう」
という言葉を見た。

「悲しい」は消えない。
その中で生きていく。
ユウちゃんという女の子のこと、
しゅうくんのことを思った。

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