昨日、はるが、hちゃんとrちゃんは中2の時、「はーちゃんって大人よね」と言ってくれた、と言った。
わたしは、魂を見てくれる人なんだね、ありがたいねと言った。
続けて、
尊敬の気持ちをもって見てくれる人とは、話ができるよね
子供っぽいとか、そんな目で見られたら、なんか、言葉 出てこんよね、と言った。
ほんとにそう思う。
わかってないんだろうな、という目で見られると、意見があっても、何も話せなくなる。
だけど、わたしこそ同じことをしてるだろう。わかってもらえない、この人はわかってない、わかるわけない、という先入観や決めつけでほとんどの人と話せない。
だけど、情報の処理がものすごくのろいから、という理由もあるよ。
家に帰ってから、「こういう話だったんかな?」と反芻したりする。
じっと考えないとわからない。
大好きな友だちの言葉はたいてい、その場ですぐ飲み込めるのにな。
だけど、
歌のそもそもが、
歌のすべてが、反戦歌である、ラブソングである、死である、孤独である、絶望である、希望である、諦めである、全部であるわたしたちと、
ちがうんだろうな、
「歌」が
これも、届かないんだろうなあ… 詳しく詳しく説明したら、伝わるものなんだろうか、
それはどうでもいいよね、
どうでもいい
「平和じゃないと、できなくなる。だから立ち上がる」って、わたしには理解ができなかった。
わたしは、
木を見たら元気になるよ。
山を見たら。
草木を見たら。
と言いながら、シロツメクサを眺めながら帰った。
目が、どうも見えづらくて、川の向こうにいる人は二重に見えたりして、頭がくらくらしながら帰った。
わたしは、「一人」であることは、連帯することと同じくらい大事なことだと思うよ。
より以上大事に思えるけど、でも、
連帯というのは、「一人」である人がこんなに大勢いるんだぞと可視化することなのかな。
わたしはただ群れることが生まれつき異常に嫌いなだけか。
なにを守りたいか
なにを阻止したいか
わたしは、戦争がこの世からなくなってほしい
起きている戦争が今すぐ終わってほしい
戦争が始まらないでほしい
二度と、世界大戦のような大規模な戦争が起きないでほしい
叶うと信じて祈りつづける
2026年4月19日
Powered by Blogger.