朝。小学校の前の並木の木が根元から全部切られてた。びっくりした。
なぜ切ったんだろう。
桜も。
銀杏も?
はるを送って、いったん戻る時、
わたしがはるを病気にした。ことを思い出した。
たぶん、神様が操作して、出会わせてくれたはるを、わたしは病気にした。
1度なら、骨粗鬆症やサルコペニアの危険もなく、内臓もどこも健常なままで、こんなに痩せ過ぎにも、食べたらすぐ下痢するにもならず、育つことができていたかもしれない。
1度ならず、2度、わたしははるを病気にした。
1度なら失わなかったものを失わせた。
自分のしたことを、声に出して唱えながら、こういうことは忘れてはいけないとまた思った。
自分がしたことを思えば、
ほかのどんなことにも耐えられるだろう。
それから、病院で出会った子供たち。5歳までの命や、7歳までの命、わたしの大好きなあの子たちの名前を口に出して言った。はるは15歳の今、生きている。その上、歩くことができている。太陽の光を浴びることもできる。それが奇跡で、ありがたいのか、とも思う。
両方、忘れたらいけない
自分のしたことと、はるがこれまで生きてきた感謝、今生きている感謝
帰り道、イチョウもやっぱり切られてた。前にも仕事場の近くで、もうじき咲くという時期に桜が切られた。あのあたりの並木も全部切られて、小さい木に植え替えられたり、切り株のままになったりしている。
小学校のイチョウは、もしかしたらわたしが通ってた頃からあった?ずっと前から。
校門の横の、銅像の横の、大きなイチョウ。はるが通うようになってから、何度も話しかけた。こどもたちを守ってください、とか、守ってくれてありがとうございます、とか、たしか卒業する時も、お礼言った。
幹の、途中みたいなところで切られてた。枝も何もなく。
数年前の、裏庭のキンモクセイみたいに、真横に切られてた。
なんでなんだろ?あれは、なんのために切るんだろう。
自分がなぜそこまで悲しいのかもわからないけど、そんなふうに切る理由はなんなんだろ。
病気をしてるようにも思えない木が。桜は、ソメイヨシノは寿命が短いから、小学校の桜はもう老いたのかもしれない。だけど、ほかの並木やイチョウは、なんでなんだろう。なんで切られたんだろう。
2026年1月14日
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