2026年1月30日

父の昔の、たぶん30年以上誰も使ってない工具とか、糸ノコ、釘、「御祝」とかのハンコ??いくらか捨てた。
これまでにも何度も、父の会社関連の書類やノートは捨ててきたけど、ボロボロの文芸誌とか、野球の雑誌も、もういいんだ。捨てようと思う。
叔母が取っておいてくれた、わたしの幼稚園の頃の習字とか、硬筆のノート(ドラえもんの落書きだらけ)は、捨てられなかった。もう見返すこともないし、あることも知らなくて、それで生きてこれたし、つまり、「今の自分」に必要なくて、はるの将来に必要なければ、全部いらないんだけど、
まだ捨てられないものがあって少し悔しい。
子供の頃大好きだった本。絶対もう読まないのに。なぜ置いてて、それによって寝る場所もギリギリというくらい狭い風通しの悪い部屋に暮らしてるんだろ。
荷物をよけながらギターを取りに行くとか洗濯を干すとか。何をするにも荷物を踏み越えながら。それより、ぱっとギター弾ける、とか、本を開く、レコードをかける、考え事をする広さ、録音する環境や、絵を描く環境は常にあって、思い立ったらそこに座って録音したり、描ける、
ただ最小限、その環境があればいいのに。
何にこんなに埋もれて自分で苦しくしてるんだろう。
四畳半の隅の、だけど意外に場所をとっている油絵の山。これも捨てたい。誰にも必要ないのになぜ置いてるんだろ?
学校を卒業して、引越す時、卒業制作の100号2枚を解体して捨てたっけ。アパートの6畳の部屋で奮闘した。
あの頃、CDは100枚くらいタダ同然みたいな値段で売って手放して、
あらゆる、機材とか本とか、大事な物まで手放して、荷物をライトバンに入るだけにして暮らしてた。
極端だったけど、今少し気持ちがわかる。
いらないんだ。
片付けたら、頭の中もすっきりして、生産的になるかな。
ならないかもしれないのに、もう荷物が嫌だ。すぐに移動できるように、とか、はるが処理に困らないように、とか、
何より、「今」、必要最小限で、掃除機かけやすくて、過去や未来に窒息させられることなく、生きたい。そのために物を減らしたい。感謝して。ものを大事に。大事にするために手放したい。

寝る前、床に、父のメガネの替えのレンズ?透明のと色付きので4枚、小さい紙袋に入っているのが落ちてて、これももういい、捨てるやつだ、と手に取ったけど、なんか、歯みたいにも思えて、父がいたことの証、みたいなことで、今日は捨てるのをやめた。
明日は、大量の読まない本をいっぱい売るか捨てるかしよう。

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