いつもの事とも言えるけど、久しぶりのような気がする。「せっかく来てもらったのにひどい演奏をした」ような気持ち。なにも別にひどくもなかった。けど変な感じ。そして、それが10年20年ぶりの人たちとの再会の日で、
せっかく会えたのに、誰とも何も話せなかったような気持ち、
落ち着かず、あの人だ、あの人だ、と表面で笑顔を浮かべて、視点が定まらないような、何日も経ってからどれだけありがたいことかわかるんだろうなあと思いながら、
いつものように電車の時刻が気になって、焦って急いで、げんぼうが帰るたまちゃんの車に乗せてもらって駅に向かった。
歌を聴いてもらって今の自分を知ってもらうとか、そんなこともなく、
この頃はなぜかいつも集中して演奏できる、って、思い上がっていたのかな。
全部が目の前を過ぎていったし、みんな少し遠くに湯気の向こうにあるみたいだった。楽しむとかの間もなく、バンド編成は、ああしたいこうしたいが出て、とおるさんの曲の時、いちがんとなって演奏できなかった時は心が折れて最後は弾けなくなったりした。
それでも、それでも、って、そこの場での全力で弾くべきなのかな。と思いながら、しなかった。
自分の、しょうもない浅はかな、「曲」が最大限生きる、作った人の作った時の気持ちが伝わる演奏をしたい、みたいな、技術がないんだから無理難題の、
それよりも、そういうんじゃなくて再会をよろこび楽しむ場なのに、「自分は技術がないから思うようにベースを弾けない」とか、今考える?ということばかり考えてた。ここはこうしたいのにできない、今のところはこうだった、とか、あー、あー、と思ううち終わった。
このしょうもない葛藤と、それを考えてる自分を根本的にあほだと思う虚脱感が、久しぶりな気がする。
こんな日は、まだあるんだな、とか、これからまた増えていくとか深刻になっていくだったらどうしようという心配も一瞬よぎった。
こんなことがある、って、胸に置いておけばいいんだと思うけど、それを教えてもらえた、よかった、けど、大事な時間だったんだから
寂しい。
電気を暗くしてもらえばよかったかな。それはつよしさんも思ったかも。この間の練習の時そういえば、つよしさんは蛍光灯とかの電気が好きじゃない、って笑ってた。日が暮れてきて、とおるさんが歌詞が見えないから電気つけていい?と言ったら、これでいい?これの方が好きなんやけど、って豆球のオレンジにして笑ってた。
たしかに、友だちと遊んでいる時、日が暮れても電気をつけないのは楽しい。落ち着く。
SAYANと佐伯さんの、何十年ぶりなのかわからないけど初めて見る共演は、それは、ものすごいことだった。(たしか、1度は仲違いのように疎遠になった方々だ、)
病気もかかえてる、母と同い年のシュウさんリンさんは、子供みたいに、舞い踊るみたいに太鼓を叩いて、佐伯さんは目を閉じて馬頭琴を弾き続けた。誠実な音。懸命な音。シュウさんは曲の途中で口琴を探して口琴をやったり、雷みたいな音の大きな太鼓を叩いたり、飛び跳ねてるみたいだった。躍動してた。
演奏が終わると座り込むほど息が苦しいのに、手も、もうずっと前から素手では太鼓を叩けなくなったと聞いているし、バチを持っても、大きな音で叩くのはもうあまりやらないと聞いた気がするのに、ずっと全力だった。佐伯さんとのセッションを終える時、このままだとずっと終わらないからね、とか、何時間でも出来そうだけど、と言って笑ってた。
演奏中、シュウさんとリンさんは何度か目を合わせて笑ってて、そんなことはあんまり見たことないな。あとで、体調、大丈夫?と聞いたら、「楽しかったんだよ」と言ってた。
いつかみんなが、「シュウさんが弱ってる」って言ったり、シュウさん本人も、あれこれ病気で大変、って、メールで教えてもらったりした、4〜5年前か、コロナ禍もあって長く会えなかった頃、シュウさんもリンさんはそれぞれに体調を崩されていた、弱っていたのかもしれないけど、目の前の2人は、子供みたいに、笑って、跳ねて、かわいくて、美しかった。帰り際にハグした時は、がっちりした身体、筋肉が戻った身体、安心感だった。
そういうすべてが、土の上と空の下だったら、その場で、この世の時間の経過というものを忘れて深く味わえたかな。
それとも、わたしが病的に「早く帰らんと、電車乗り遅れんようにせんと」ってハラハラするようになったせいなのかな。
みんな消える、はかない、時代は変わる、技術はあって当たり前の刷新・更新して行く「音楽」に自分は手を伸ばしても届かない、を もういいのにまた思い知る、今出て来るなの思考、
あたたかいものだけを、その場で噛みしめればいいのにね
2025年11月24日
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