2年ぶりに、もう1回「犬王」を見た。
はるが癒やしを求めて「スキップとローファー」を少し見た後、何見ようか、と探してる時、「平家物語」と「犬王」は同じ人が描いたの?と不意に言って、
原作は、いっしょのはずだよ、そうだ、絵は松本大洋だったなあ。って話しているうち、見ることになった。
はるは、「かなしいけどね…」と言った。
わたしは廃品回収に出す新聞を束ねながら見始めたけど、やっぱりすばらしい物語だった。最後は体育座りで泣いた。
前に見た時は、「俺たち以外全員成仏させようぜ」という台詞が1番心に残った。
いいよねえ…よかったよねえ……って。
でもそれ以外は、どんな話だっけ?って、
橋の上とか、歌い踊る場面とか、血まみれとか、断片しか覚えてなくて、
ああ、そうだった、「どろろ」みたいな話だったね…と見た。
ヤングケアラーだね、言いながら。
大人の、自己栄達の呪い(狂気?幼児性?)と、政治
あまりにも多くのことの元凶が政治
平家の皆殺し。子供が殺される。みんな殺されるのが戦争
歌や踊りや映画や物語で、それを「伝える」のは、ずっと昔からの大事な魂の救済なのかも
橋の上で、
「弾けるのか?」「もちろん」。
犬王が、「いいな」と言って、
トモナが「当然」と答える、
「当然」が、すごくいいな、と今日は思った。
堂々と。自分を信じてる。
空に星が異常なほどいっぱいになって、歌い踊る。
友だち。
いいな、と思った。
俺たち以外すべて成仏させようぜ
結末はやっぱりとても悲しくて、
じゃあこの子たちは(どんなにがんばっても、打破しても、達成しても、解決と思っても、また生まれる念は、悲しみは、呪いは、)誰が救うの?
と思った。
じゃあわたしも、成仏させる、
と思った。
苦しみや悲しみが地上に残った時、
その存在に「気付く」だけで、「いるんだね」って知るだけで、「話を聞く」だけで、
念は成仏していった。
わたしがこの頃やっていることといっしょだ、と思った。
身体の中で腐敗した「悲しい」や「寂しい」は、「あの時悲しかったんだね」と誰かが気付いたら、気付くだけで癒される。意見をはさまず無条件に、「悲しかった」を見て、そこにいたんだねと認識したら、それは消える、と思うから、落ち込んだ時は身体の中を見ている、どんな感情があるのか。
あれといっしょみたい、と思った。
「気付くだけで」いいのかもしれない。

2025年9月13日
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