2025年8月12日

6月下旬に、ゆうちゃんから「高丘親王航海記」という本が送られてきて、手紙を読んだ後、思わず送ったメール(抜粋)、



なんか、シンクロしとるんかな、
うちも最近、その、カラフル、山の緑、空、おじいやおばあや子供、涙でるの、
すごい思う
すごい祈っとる、、先月、こんな泣けるか?いうくらい、大泣きしながら祈ったりした…、
急に、勝手に涙がでて止まらんで、、

最初は、涙はちょっと「絶望」みたいな、めちゃくちゃ「寂しい」みたいな涙だったんじゃけど、それがどう転んでいったんかわからんけど、もしかしたら子供の頃からずっと身体の中にあった「寂しい」が大泣きで消えた?それよりもう世界全部、ほんまになんとか、どうか、しあわせなってくれって思って、それが続いてくれ思うて泣いて、
それからちょっと本気で祈っとる、願っとる…
ゆうちゃんといっしょみたい、と手紙読んで思った

この前、そうだ、OTIS行くまでの電車の中でも、外の山の緑がすごいしあわせで、まだまだ着かんかったらいいのになーって、
いちばん前の車両の補助席で、ずーっとしあわせで、

それで、そうだ、
そういうことをうちはわりと、すぐ言語化して日記に書いたり、SNSにも書いてたけど、言語化しなくなってきたような、

ゆうちゃんはもう長いことSNSから離れて、こんな光景のことも、読んだ本のことも発信しないのは、ほんとにいいことだと頻繁に頭に浮かぶけど、手紙読んでも思った。

ほんと、体験することと、体感することと、涙が出ることと、それが言葉にしなくても消えないことと、消えても残るってことと、言葉にするにしても、目の前の人にだけ伝えれば、世界全部に言うのと同じようなものだったり、そんなのが、
ありがたいというか。。

怒涛の、思いつくまま書いてみる

うた、最近、ほんとうに自分の作った曲がどれもこれも嫌というか、歌いたくなくて、ほぼメジャーとマイナーコードだけ、の自分に(遅すぎるけど!)限界も感じるし、こんなん嫌や!って、なったせいなのか、なんなのか、、、人のものさし、ばっかりで自分を測ってるような、変な感覚のせいだったのか…、昨年の暮れ頃から「声」が出なくなって、これ自分の声?と思うような、胸の真ん中で詰まって、外に出ていかない感じがして、

(とにかく「声」が出るようになりたい、、と、ストレッチしたり、中2の時に買った声楽の本読み返したり、、やってて、いまだに、1回ごと必死で深呼吸して、、の状態ではあるけど、OTISは楽に出せた!)

その、自分の曲が色褪せてもう嫌や(定期的に来るやつじゃけど。。)の中で、この前OTISで1曲目にやったブルーファズという歌は、いちばん初期の歌詞に戻したりしたよ、
そしたら出来る、と思ったりして
(正確には、5/25のオルガンズメロディの時からそうした)
それは、

「授かったもので
授からなかったもので
あなたに触れる
これがわたし」

「言いたかったこと
言いたくなかったこと 全部
いつか あの合唱団が
青い 青い空へ 飛ばしてくれる」

っていう歌詞で、

この歌は、ご先祖様とか、じいちゃんばあちゃんとかの歌で、

よく似た顔であなたのそばにいつもいて、あなたが泣けば泣くし笑えば笑ってるよ、って
いう歌だけど、

なんか、そういうのを、薄れさせてたかもなーと思ったりして、

うち、現在とかこの世とかと、広大などこかわからんとことか、あの世とかと、区別なくいっぺんに見えてて、それを、何の役に立つとかもなく、ただ歌ってたなあ、 って、今、ゆうちゃんの手紙読んだら思い出した

それらと重なることが書いてある本、って!!
嬉しい… ありがとう

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