2025年5月15日

いっぱい言葉があるけど出てこない。
田んぼを見たよ。ラ・クローみたいな田んぼ。水が張ってあった。小屋も。しらさぎも。しらさぎかと思ったらおじいだった、も。
帰りの電車はずっと寝てた。

酒井先生の絵。滋養だった。
滋養だ…と思った。
人間がこれを描いた。偶然のかたちも、白のアクリル絵の具も。目に焼きつけたというより、強すぎない優しい光を浴びて、生命力を吸い込んだ。
先生は、バッハばっかり聴いてると言った。

「もう、絵は全然描いてないん?」と聞かれて、うん、と答えて、「描くのやめたら、見ることが、前よりもっともっと好きになったよ。」
と言うと、
「ほう…ええことじゃない」と言われた。
「ぼくは、音楽を聴いとるよ。バッハばっかり聴いとる。」
と先生は言った。

その前にも先生は、
「バイオリンが弾きたいんよ。でも、楽譜読めんけえ。」と言った。唐突に。
楽譜読めんでも、慣れたら弾けるんじゃないん、と言っても、「うーん」って。
「バッハが弾きたい」
と言ってた。

先生にずっとべったり話してる人がいてあまり話せなかったけど、3月末にまた、今度は大きいサイズの日本画の展示をするって。(県立美術館の県民ギャラリー)
昨年の9月に救急車で運ばれて、死にかけたんよ。手術して、今度秋にもう1回手術。言いながらも、10年ぶり?でもなんにも変わらない姿、目の輝きで、うれしかった。
一彦、一彦、と(心の中で)呼び捨てしてたけど1957年生まれって、だいぶ歳上だった。
見たらすぐ移動しようと思ってたけど、1時間くらいずっと見ていた。大下がいて、ずっと、いっぱい笑ってたのしかった。

3月も見に行きます。ありがとうございました。と、そこだけは敬語で言えて深くお辞儀して、あと1時間半で終了する山口修平さんの個展を見るため横川へ。
横川がどこか、方向もわからなくなって、バスに乗ることにしてバス停まで歩く。
朝、ちりめんじゃこ入れた塩むすびを1つ作って出かけて電車で食べたきりだったけど、夕方3時半にバス停に向かってスタスタ歩いていた。燃費が良すぎる。けど、絵を見たから、スタスタ歩けるのかなと思った。

ずっとひとりごと言ってるみたい。
ずっと歌を口ずさんでいた。

トイレ行きたくなったけどバス停近くに福屋しか見当たらず、なんにも買わないけどな…と高級店の建物に入ってトイレを借りて出る時も、ひとりごとと、ずっと小さく歌をうたっていた。

横川に着くとさすがに腹ペコで、ローソンでサンドイッチ買った。野菜ジュースを一気飲みして、商店街のベンチに座ってサンドイッチ食べた。

かもめのばぁばぁは思ったより遠くて、でも4時過ぎには到着できた。だから5時の終了までゆっくり見せてもらえた。
洗濯物シリーズ。インスタで写真は見てたけど、やっぱりとてもよかった。
青空はえかがれていないけど青空。風が吹く。
沼地とか、砂漠とか、海のそば、いろんなところに洗濯物があるみたいだった。
濃い霧の中にも。
窓みたいな作品は、「窓?」と尋ねると、「透過して街中の洗濯物が見えてるところ」かな?という返事で、たのしかった。

山口修平さんはなんて美しい人だろうと思いながら駅に向かった。
横川駅へ歩くと、ちょうどすぐ、17:07の電車があって乗れた。
広島までは体験したことのない混雑で、1人で隅に立っている小学生の女の子に倒れかからないように、腹筋に力入れた。緊張した。

広島でみんな降りて行って、座れて、疲れて眠った。
目を開けるたびに田んぼだった。
朝からずっと、心の中はズタボロだった。だからこそ、どなたとも明るく正直に話せたかもしれない。
ズタボロってこともないか。
けど、ずっと考えて、ずっとかなしかった。
ずっとかなしくて、ずっと考えていた。目を開けるたびに、朝の「悲しい」に戻っていくみたいだった。
だけど同時に、もう、「さみしくない」だった。
外を歩いている時、スタスタと、「さみしくない」だった。

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