2025年4月11日

永江さんは、いろんな人に敬愛されてた。音源を探して検索しまくってて知った。
senoo rickyさんという人はSNSのあちこちで永江さんのことを繰り返し絶賛して、「ほんとうの京都の宝物」って書いてた。
トウヤマさんは2017年に、メロディーとコードと言葉の選び方がすべてこの人そのもの、そして美しい。って書いてた。
トウヤマさんと永江さんの友情が何十年にも渡ることも初めて知った。

ほぼ初めて聴いたOKミュージックボールのアルバムは、メロディーとコードと歌詞とコーラスとアレンジ、楽器の音、楽器以外のざわめくような音、録音の醍醐味が詰まってた。胸がグサグサ苦しくなった。毎日聴いている。

だけど、永江さんにはどうでもいいことなのかもしれない。
過去のこと、何をしたとか、こんな評価を受けたとか、そんなのを永江さんは一切語らない。なぜだろう。ソロアルバムのあることも知らなかった。ネットには2013年以降くらいの情報しかないけど、(それ以前のネット上のデータっていっぱい消えたらしい。個人のサイトとか。膨大な情報。残念だな…)消えた記録は見ることはできないけど、いろんな活動をされてきたんだろうと思う。休んだり、再開したりしながら。らしい。
永江さんは何も語らない。過去の偉業を全部忘れてるみたいに、自分をだめだと書いたり。人のことをほめてばっかり。びっくりする。
なんにも威張らなくて、虚勢を張らなくて、お会いした時も信じ難いほど謙虚な人だった。

20年前のOKミュージックボールのライブの時、(2004年3月28日だった。)夜遅くの流川の、ライブの後の少しザワザワした道路の、シャッターの前にぼんやりと立ってた永江さんは、ライブ中よりさらに、コミュニケーションをあきらめてるみたいに見えたけど、今はそれに過剰なほどの謙虚さが加わってるように見える。


わたしは、ずっと継続して活動されてると思ってたけど、この数年のSNSの記述を見るだけでも、活動は大変そうで、
録音とかライブとか、永江さんやまわりの人にとっては、もうそれは話し尽くしたことでむし返すな、うっとおしい、と思われることなのかもしれないけど、わたしは永江さんに、作った曲をできる限り録音してほしい。CDでもレコードでもサブスクでもなんでもいいから売ってほしい。ライブをしてほしい。バンドで歌ってほしい。OKミュージックボールでライブをしてほしい。
永江さんを愛していて、なおかつ技術のある人たちと、録音やライブをしてほしい。

ライブで聴いてはじめて、永江さんの異様な力を知ったよ。
20年間ずっと心に残ってたのも無理はないと思った。
人の歌を目の前で聴くことは大事だとわかった。
そうしないとわからなかった。









タイトル
「ソングライト」だった。

永江さんに、この曲はなんというタイトルですかとメールで尋ねようとして、迷って迷って送れない時、検索してたら突然、答えがとびこんできた。
タイトルは「ソングライト」だった。


「どこにしまい込んだんだろう」
「鍵かけて 書き残す ただの歌だよ」

「ギターが涙の音に届くまで」
「届くのは ただの歌だよ」


永江さんの大事なソングライト。作曲。
大事な大事な「歌」。
「ただの歌」

昨日、この歌を、歌詞はなんとも思わず
メロディーとコードが気になって仕方なくなって、何回も何回も聴いて、夜中にふと、歌詞を紙に書きとってみたら、歌詞もすごかった、
それからまた何回も何回も聴いた。今日もずっと頭の中で鳴っている。「さっきから鳴り通しだよ」のところは涙がでた。

「どこへしまい込んだんだろう」は、もちろん「歌」で、どこに行ったんだろ、って、すごく悲しくて、
でも、「ある」ってことがうれしくて、
手のひらを見る。悲しくて、うれしくて、涙が出た。



永江さんは、調べもの=スマホで検索という発想がない、とラジオで言われてたから、
SNSの、自分について書かれたものも、見てないんだろうな。と思った。永江さんは、自分がどれだけ愛されてるか知らないのかもしれない。

















ちょっと検索しただけでも、ほんのここ数年のネット上にも、音楽家の方々が永江さんを讃える言葉がいっぱい出てくる。ほかにもいっぱい。音凪の店主さんも、ムジカジャポニカの店主さんも、長谷川一志さんも、いっぱい書かれてて、ずっとずっと長い間、ものすごく永江さんを愛しているのが伝わってくる。
3月にハライソで何年ぶりかで会えたルイちゃんも、「みんな、なーちゃんのことが大好きだよ」と言ってた。










永江さんは、才能があって、たくさんの人に讃えられて愛されて、それなのに、最近の投稿を見ると、いつも自分はだめだと落ち込んでいるように見えた。なぜだろう。

まわりの人たちはみんな、「落ち込まなくていいから録音して」と思っているだろう。思ってきただろう。と思った。
そして、もうあんまり言っても責めてるみたいだから言うのよそう、って遠慮されるようになったんじゃないか。と思った。

自分がどんなに愛されてるかを知ってほしい。知っているなら、思い出してほしい。
その人たちとまた歌ってほしい。
なんにも落ち込まないで、曲を書いてほしい。歌いたい歌を、歌ってほしい。ライブでたくさんの人と分かち合って、よかったーって笑い合ってほしい。

それは、自分にも言い聞かせることばかりだし、友だちをはじめ全人類にそうなってほしい願いだった。

よかった!とか、たのしかった!で1日を終えてほしい。それが明日も明後日も続いてほしい。













































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