こんなふうにこう、こんなに落ち込むライブってあるかな、この中で力をふり絞るには、どうやったらいいんだろと思いながら始めて、死にたい、と思いながら帰った。かなしかったなー。
こんなのあるのか。って。
でもこれは手がかりなのかな。
真っ暗闇の中の、わたしのともしびを、大事にしなさいって。だけど肝心のそれができなかった気がした。かなしみが強くて、大事にできなかった。気がした。
2017年の、十日市アパートの、リベンジでもあったかもしれなかったけど、なんにも進歩してなかった。
すずちゃんは、帰る前、「まさに冬至だったね。全体が。物語になってた」って、「すごく良かった」って言った。それには救われるけど、「その余裕、ちょっと分けてくれや」と思わず言った。そしてゲラゲラ笑った。
わたしのやりたかったことは、
?
コード感のない。森の中や雪の中を歩くようなことだったのかな。
音数のとても少ない。時々消えるくらい、人為的作為的から離れたもの
?
それは人とは歩けない道なのか?
歩ける気がした。何度も。
トウヤマさんのピアノ、雪を歩いた。あの音の中に歌えてうれしかった。何時間でもうたいたかった。
でも人をうんざりさせたのか。?
石好きださんが、とってもよかったです。涙が止まらなかった。と言ってくれて、わたしはほんとうに救われた。
今日の1日が、とてもつらかった。家のこと、Mさんのこと、母のこと、つらくて怖くて泣いた、不安なまま、神棚に祈った。泣きながら祈った。全部治ると信じて行った。
けど、尾道に着いた時、うるせえ黙れ観念ばっかりのクズが、おまえはお呼びじゃねえんだよと何もかもを叩き落とされたけど、それを全部どうかして天に飛ばして、苦しみは天へのぼらせる、と思った。病気も今日を境にみんな治るんだ、と思ってた。
それをどんなに、役に立たないと言われようとも。
ただただ悲しくて泣いている。
しかたない。
まあいいや。
それでもわたしはわたしをゆるし、わたしを支え、死ぬまで生きていかんとね
これからまたつらいことがあるのか、
?学校のこと、
また死にたくなるのか
今日という日がものすごく楽しみだったよ。
うれしかった。
歩く、糧になるしあわせな時間を作れると思っていた。
図々しいな。やっぱり自分のためだけか。
そんなうまくいかんよね、ズタズタになった、
もし、誰かにとっていい時間だったらほんとうにうれしいな…石好きださんも、はじめてお会いした鳴輪さんも、名前も知らない人、何人かの人に、あたたかい笑顔で、よかったですって、言ってもらった時、救われた。
もしも、「よかった」だったらいいな。行くんじゃなかったじゃなかったらいいな。そうだったら救われる。
淡々と歌うことすらできなかったから。
それをできなくてもいい、がっかりさせても、めちゃくちゃになってでも、心を開いて、人と共に生きるんだ、と踏み出したことだったけど、「歌」はわたしに、とても大事だった。ことを知った。
それは既存の曲を間違えないようになぞりたいわけじゃなく、作った時の気持ちどおりのことがやりたいわけじゃなくて、
歌を
歌
今日、いくつも、
手を離してうたえたよ。
そんなことははじめてだった、こんな長時間は。
それはとてもうれしかった。
1人でもそれをしていけるように、のびやかに、自分の狭いコードの世界からもうちょっと修練して広がるようにして、
そしてのびやかにうたおう。
帰宅して1時間、ギターを半分背負ったまま泣いてた。
でも、ライブ後に不甲斐なさがフラッシュバックするのは昔から、ここ2年くらいなかっただけでデフォルトだ。
あたふたと、バタバタと、朦朧と、
白水さんの絵、一目しか見れずに帰った。
いつも手をふりあうお別れもできず。
そういうのが1番かなしかったのかな。
わたしの大事な音。白水さんの音。
帰り着くころ、下半分の半月が低い位置に出てた。こんな夜更けでも低い位置にあるんだね月
風呂に入った。トットちゃんのエッセイ続きを読もうと思ったけどまったく頭に入らなかった。
長時間、あまりにも長時間やらせてもらったことに、平謝りだ。深夜まで開けていてもらって、大慌てで片付けたけど、ノロノロだった。とても遅くなった。途中まで、最後まで、いてくださった方に、寒いのに来てくださった方に、体調がものすごく悪い上にご家族も大変で今日開けられたのは奇跡と言ってたお店に、全部、ほんとうに申し訳なくて情けない。
寝ようとしてもぼたぼた、涙が出続けた。
SNSに本音を書いたらだめなんだって。非公開のブログにも。
消えないから、だって。
と言いながら眠った。
2024年12月21日
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