2024年12月1日

昨日、
ぼーっとしてる間にあっという間にライブ終わったなあ…と、
帰り道はまた、胸の真ん中がドクドクしながら、
落ち込んでるのか?と思うような頼りない気持ちで、
時々思わず声に出して「うれしかったなあ」「しあわせだった」と言うほど、ありがたい気持ちいっぱいで、ほんとうにそう思っているのに、
同時に落ち込んでるみたいだった。

ぼんやり帰って
帰ってからふと思ったのは、
「ずっとぽわぽわしとけばよかったのになあ」だった。

ライブ、当日まであんなに気力が出なかったのに、家で毎日夕方、ギターを抱えてもだめでだめで、「2度と来るな」と言われることも覚悟して行こうと思った。ボロギレのように電車に乗って、歩けば「ほんとに世界と乖離してしまったなあ、前にも何度かあったなあ、知ってたものが急に何もなくなったような、関係が途絶えたような、接点がなくなったような感覚。やっとまた接点を持てるようになった、と思ったこともあったのになあ」と少し悲しく思いながら歩いたのに、
本と自由へ着けばなんにもなくなった。
気負いも憂いもなく、過去も未来もなく、
今日演奏できることや、高宮さんの歌を聴くことがうれしくて、うれしくて、
力が入らずぽわーっとしてて、自分はすごく楽だったけど、ひとさまになにを見せとるんじゃろ、が時々よぎってハッと申し訳なくなったり、
最後の最後は「何かを残したい、よかったと思われたい」という気持ちが出たみたいに、急に焦って自分を出そうとした気がして、

あれ、あのまま、なんにも気にせずぽわーっとしとけばよかったんじゃないのか…という気持ちになった。

眠って起きて、思い返したら、
その、ぽわーっとしてた時って、
身体が溶けて、流出していくみたいだった。

あれは、たぶんよかった。
あの状態は
 
ギターやマイクの音量、もっと一定にするのと、距離があっても聴こえるようにチェックをするべきだった。そういうのはぼーっとしちゃだめだけど

あれは、家でいつも夕暮れに、自分に絶望しながら、それでもうれしくて1人ギターを弾いてる時の感覚でもあった

ちょっと違うか、

はじめての感覚だったかも、

トゥルトゥル、ホロホロ、と、身体の実体がなくなっていくような間隔だった気がする。
その時は、「まちがえんように」を思ったり、「まちがえずできた、うれしい」だったりで気付かんかったけど、
「自分」がなくなりかけてた、
いい状態だった気がした。

終わってゲラゲラ笑ってばかりの時、不意にスージーが
「龍がのぼっていくみたいだったよ」と
言った。
そんな時があったって。
スージー、普段そんなこと言わないし、びっくりして、でも、そうかと思えて、
「そんなふうになったらいいなあと思いながら来たんよ、」と答えた。

開演直前に、はまさんが寄ってくれた時、
神様か、誰かが、止まり木みたいにここに来てくれたら、みんなが遊びに来てくれたらいいなあと思って話したやつ、
あれを思い出した。

行きしの道々思った、「うたい出せばなんとかなると思ってるところがあるけど、なんともならんのんよな」「修練しただけのことしかできない、生まれ持ったものしか出せない」「…けど、神様が乗っとって、身体を使ってなんかやるってことはあるかもしれない。そんな時は実価以上のことができるんだろう」「からっぽになれたら、神様が来るのかもしれない」「止まり木みたいに」「神様とか、いろんな人とか、止まり木みたいにして、遊びに来てくれたらいいのにな」
と思ったやつ。

もしかしたら一瞬でもそういう時があったのかもと思った。
誰か来てくれて、笑ってくれたんかな


はまさんのことを
眠って起きて思い出してたら、
別れ際にはまさんが言ってた
「自分 ってなんでしょうって思う」
という言葉を思い出して、

そういえば昨日、「自分」?が、溶けて解体されるような感覚があったなあ…と思い出した

はまさんが言ってた「自分」とはちがうかもしれないけど、
つながるような心地がしたよ


あの状態は、たぶんよかった のに、
それに逆らった気がするよ、
それが「ぐだぐだ」というものに思えて、
うちみたいな者が楽にリラックスして演奏って、緊張感とか必死とかがなくなったらあとなんも価値ないじゃろ、なにを調子乗っとるん、みたいなのがよぎってしまった。

寝て起きて、
あれはよかったんだ、ゆだねればよかったのかもしれないと思った

はまさんが言ってた
「自分」は
「いなくていいか
いるけど」
だった

ああ、だめだなあ
まあいいかって
ずっと笑ってた
あればよかったのかもしれない
もっともっとゆだねたら、その先があるのかも

.


夕方、いつのかわからないノートを、捨てようかとぱらぱら見てたら、たぶん8年は前だと思うけど、はるが、
「みんなママのほんとうの声が聴きたいんだよ」と言った、と書いてあった。
その時のうちは、「これが自分だという曲ってあるかな」とか、「イ・ランの声はほんとうの声という気がする」とか、「綺麗も汚いもない」とか、的外れなことを続けて書いていたけど、
ほんとうの声というものはあるんだろうね

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