2024年8月30日

臨時休校。でも台風は弱まったようで、しとしと雨が降るのみで無事に過ごせた。

ほんとだったら今日は「職場体験授業」のふりかえりで午前中は登校の日だったけど、休みになってよかった。
はる、3日間ほんとによくがんばったから、ちょうど身体を休めることができてよかった、と思った。

午前中はNちゃんとオンラインでゲームと電話。
昨日も久しぶりに連絡をもらって夕方電話して遊んでて、今日もとても楽しそうだった。

夜、テレビで「耳をすませば」があるよ、と先週からはるは言っていて、9時前に思い出して今日だ、とテレビをつけたら「ラピュタ」だった。

わたしは大喜び。はるは「耳をすませば」や「魔女の宅急便」と比べると「ラピュタ」と「千と千尋」は少し苦手と言った。わたしと真反対だ。
とはいえ熱心に見ていた。

何十回も見ているのに、今日はじめて見るみたいに、1つ1つうなりながら見た。名場面だらけだった。
「すごいの作ったなあ…」とわたしは何度も声に出して言ったりした。

もののけ姫の制作中のドキュメントで、アシタカが藪につっこんで坂を駆け降りる場面、最初、作画担当の人が、顔にぶつかってくる枝を避けるように手でガードしたり顔をややそむけて駆け降りる動画を書いて、宮崎さんは、「違う!やり直し!」って、「アシタカは顔にぶつかってくる枝なんか気にしない、気にせず突っ込んでいくところを描け」って言ってたのをいつも思い出す。



今日はなんかもう、「SNSつらい」が爆発して、
「言葉はそもそも同じ言葉を使っても同じ意味で話せない時がある。そんな頼りないもんを使ったしかも登録制の狭い世界で、不特定多数に向けて配慮して言葉を選んだ挙句、誤解、誤読、仲違い、もうええわ!!」みたいなことをインスタに書き殴った。

ちょっとしたなんのきなしの一言が、書いた人にはそのつもりのない抽象的な言葉が、「あの人は暴力を擁護する側なんだ」となるかもしれない。それで喧嘩になったり、口論することもなく疎遠になったりするかもしれない。こんな狭いスマホの画面の中の、そのつもりもない一言で???と、嫌になった。

ツイッターがひどすぎて、露骨な悪意、想像を絶する悪意がが横行していて、なによりそれを「強制的に見せられる」が嫌すぎて爆発したのかも。
(見なければいい、SNS向いてないんだからやめろ、じゃなくて、この仕様のために多くの人が絶望したり生きているのが嫌になったりしているんじゃないかと腹が立つ)

それをインスタに書いて。また人を嫌な気持ちにさせて。自分が向いてないだけなのに。

でも吐き出したことで自分は楽になって、そんなことも忘れてラピュタを見たりしていると、すずちゃんからDMが来てた。
「今日ノリコちゃんの曲聴いてた!」って、
さっき書いたインスタの投稿を、「すごいわかる。わたしも今日同じようなこと考えてたからなんかうれしい」と書いてあった。
それだけでほっとして救われるような気持ちになったよ。

言葉は難しいものだけど、「ノリコちゃんの言葉はいつも真実から来てる感じがして」わたしにはちゃんと届いてるよ、みたいなことも書いてくれてた。

この前ハロー君にばったり会えて、すずちゃんの話をしたよ、って
うれしかったことを伝えることもできた。


ラピュタを11時半まで見て眠った。
何度見てもほんとうにすばらしい。今日はひときわ、ラピュタを守るロボットの姿に2人して何度も泣いた。

ラピュタを見ながらはると、宮崎さんの映画は「最後にいっしょに暮らすパターン」と「別々に暮らすパターン」がある、の話をした。
はるが好きなのは「ハウル」を筆頭に、「このあといっしょに暮らす」ハッピーエンドで、
そう言われると、わたしは「いっしょに暮らさない」パターンの方が好きだということに気付いた。
ナウシカの原作の、あのさみしそうな絶対的な孤独のあの笑顔が忘れられない。
あの笑顔はほんとうに救いだった。

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