2024年4月14日

坂本龍一の最期の日々というテレビを見た。

あまりに身体が弱っている時は
音楽は聴けない、って。

でも、「音」が必要だから
病室に小さい鈴をいくつも置いて、鳴らしたり

8時間も連続でYouTubeとかで雨の音を流して
ただ雨の音を聴き続けたって。

「いい人生だった」と娘に言ったって。
亡くなる2日前に


東北のオーケストラ、
吉永小百合が朗読した子供の詩、「ありがとう」という詩、
この時のこと、少し前に朝日新聞に吉永小百合が寄稿していたなあ
あれにはどんなことが書いてあったっけ


詩の朗読の、
最後の1行が読まれた時、坂本龍一は1秒より短いような速さでハッとして、
「そうか」と言った。
わたしには、自分の父を思い出すような表情だった。

そうか、と目を大きくして、それから次の瞬間顔をくしゃくしゃにして泣いた。
酸素吸入して、酸素濃度計つけた指で、
指揮をしながら、
楽しそうに、指揮に没頭しているのかと思ったら、詩を聞いていた。
指揮をする手と、その表情と、人のために泣く心

意識を失ってからもまるでピアノを弾くように手を動かしていた、と、動く手の映像が流れた。
だけど、指揮をしていたのかも、
それとも、子どもを撫でていたのかも、と思った。
自分の子も、他人の子も

人のために泣く人。
感傷、とかを思って、自分のことばっかり考えているような気がして、いわゆる「お涙頂戴」にまんまとはまっているようで、そんな行為はあんまり好きじゃなかったけど、人のために突発的に号泣するというのは、なんにしたって優しい心の発露なんだなあと思った。

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