朝早く、はるが「怖い夢見た」と起きて、
もちろん緊張した。はるの「怖い夢」は緊張する。
はるが病気の時、はるは鬼の夢をよく見てたから。
今日の夢はミサイルが、みんなでいる時にこれから家の中に撃ち込まれると急に言われて慌てる、ママは、今日あたりだと思った、みたいに冷静で、ばあばはテレビ見て笑ってて、なんでこんな時に笑ってるの、とはるは焦ったり怒ったり、ものすごく怖かった、って。
じっと1人で思い返す様子の後、「ママともっと旅したかった。いろんなとこ行きたかった。怖かった」と泣き声で言った。
わたしは昨夜、首のこわばりとか、大きな病気だったらと頭をよぎって、もしそうだったら、と考えていたところだったから、夢はわたしへの警告の気がした。
このままだと自分や家族を病気にする、9年前はるにしたように。希死念慮とか、ここを出たい、自由がほしい、自分のやりたいことをする時間がほしい、とか、我欲が過剰、絶対に一刻も早くやめないと。と思った。
ママへの警告だと思う、とはるに言うと、少しして、「昨日、飛行機を見たからだ。飛行機が近くて、大きいな、こんなに大きいんだってびっくりしたから。きっとそれだ」と言った。
昨日、車の中で見た飛行機。
そう言って、はるは二度寝した。
警告。忘れんように、なんとかしよう。
はるの勉強のこと、学校のこと、とにかく「焦らない」「考えない」と決めて、そうしていると、これはこれでネグレクト、サポートしない無能な者に思えてくる。
未来のことを何も考えられず不安と恐怖と絶望でいっぱいになる。
昨日ははるも、「勉強しなかったらどうなるかって、将来は、はじめて来た時のまめしみたいに、寒くて震えるんかなって思う…」と言った。
わたしもこの間思った。勉強しなかったら、極貧で生きていくの?
全然、まったく、そんなことないって、示さないといけないのに
昨日寝付けず、眠る寸前、また中学入学のことを思い出した。
卒業式と入学式。はるは初めて体験する「式」だから、元気で行かせてあげたかった。はるもすごく楽しみに、うれしく参加した。あの笑顔の写真、今は見たくないほどつらい。あれからほんの半月で、はるの心は折れた。あの参観日の日?はるは張り切って登校して、手をあげて発表した。参観日は好きで、その時だけはいつも行ってた小学生の頃のように。中学最初の参観日もニコニコで登校した。あの後、はるは1度も参観日も行っていない。
わたしは1度きり、懇談会にも参加した、あれも行かない方がよかったのかな。自己紹介の時、「長期入院の時期があって小学校はあまり行けなかったんですが、中学は今、楽しいと言ってて、自分のペースで、元気に通ってほしいと思っています。よろしくお願いします。」と言った。なぜか空気が凍った気がした。気のせいだと思うけど。あれ?言っちゃだめだっけ…と思ったのを覚えている。たぶん気のせい。
同じ頃はるは、わたしを待つ間、親友の家に遊びに行って、終わって迎えに行くと2人はすんなり出てきた。小さい頃は、ほんの少し前までは、「もう迎えに来たの、まだ帰りたくない!」と帰るのを嫌がったのに、静かにすぐに出てきた。話や遊びが合わなくなってたのかな、と思った。ほんの半月で。
それからどんどん、同級生と離れていった。それでもまだ、親しくいようとはるは努力していたし、友だちも遊びに誘ってくれてた。わたしに「学校に行くのがつらい」 と言ったのはたしか5月で、もうだめになって先生に相談したのは、6月で、今思うとはるは1人でがんばっていた。耐えようとしていた。
がんばろうとしてもだめだった。
期末テストとかたぶん特につらかったよね、あれはわたしが焚きつけたのがほんとにいけなかった。5点でもいいよ、受けてみよう、って、
勉強させて、
追いつくチャンスでもあるんじゃないか、って、提出物も全部やらせた。
勉強が追いついたら学校生活にも余裕がでるんじゃないかと思った。学校が楽しくなったら体力もついて、好循環になるかも、と思った。
友だち、勉強、テスト、通学の体力的負担、母からも責められて、はるは1人、追い込まれた。思い出すとわたしが泣く、
爆発して、一切行けなくなったのか。
よくぞ爆発してくれたなあ…
はるの未来を、ものすごく明るくしたい