2023年10月14日

1日中頭がぐわんぐわん偏頭痛で、そういえば昨日もちょっと頭痛があった気がした。頭が重いと思考が暗くなって、昨日の行き帰りもずっと、ぼーっと何かを考えていたり、パルコもサンリオショップもサンモールもぼーっとして身体が重かった。
帰り道は、新幹線の窓の外の灯りを見ながら、もしわたしが死んだらその時はるの父ははるを守ってくれるのかなと思った。
同じような心細い感覚がさっきまた襲ってきた。

入院中の2年間の特別児童扶養手当(1級)と、1年間の(2級)と、7年間の児童手当、わたしが死んだ時、そのお金ははるに行くのか、って、今日は初めて疑ってしまった。
はるは移植の時、はるの父に命を救われた。
それを考えたらお金なんかいらないと思える。
そして、いざとなったら全力ではるを守ってくれると信じている。けど、昨日は未来とかなんとかすべて頼りなく思えた。

はした金とも思える。わたしに甲斐性があれば、こんなことは悲しみにならないのかも。
わたしがもう少し自力で生きられたらいい。それだけ。
お金を無理にもらうことで、たとえば相手の心身を苦しめるなら、今現在実家に住まわせてもらって衣食住が困難ではないわたしはもらわなくていいと考えるべきだ、と思う時もある。
そうなのかもしれない。
けど今日は、「わたしが実家にいるのをいいことに」と思った。そしたら涙がぼたぼた出た。なぜなんだろう、と思った。なにか1つでも、解決したらいいのにと泣いた。
実家にいるのは苦しい。当たり前だ。巣立つべき者が世話になってて地獄じゃないわけがない。
一刻も早く巣立って、自立して、たすける側になりたい。
ここにいることはとてもつらい。父の建ててくれた家も家族も大好きだから、ここを地獄と思いたくない。だからここにいたくない。
経済力がなく、心身も不調なまま。情けない。

昨日まで、今朝まで、さっきまで、こんなことは考えなかったのに。はるの学校や将来のこと、暗く考えなくなってたのに。
昨日いい旅をして、ほっとしたのに。
勉強、完全にしなくなったなあ。と思い出して泣いた。夜、風呂で。
6年生までは、チャレンジタッチで少しはやってた。やらせてた。すべての授業に追いついていたわけではなく、夏休みと冬休みの宿題は全部やって提出していただけ、ともいえるけど、喉元過ぎて忘れただけかもしれないけど、かすかにでも学校の進行具合が把握できてた。
もう無理だ。教科が多すぎてわたしに把握は無理で、はるが放棄して何か月も経つ。
先生もそろそろ見放しただろう。

なんでそんなことで泣く、たかが学校、勉強ぐらいで。
その自問は心の奥で何万回もしたと思う。だから蝕まれた
繰り返し繰り返し襲ってくる。
経済的なこと。だめな自分。はるは生きていけるのか。
怖くて怖くて「見たくない」から、許しがたいほど弱い無責任な最悪な選択で死にたいとか思うんだよ。ほんとうに図々しい。命に対して失礼すぎる。子供の頃からそんなだよ。図太いから泣いたらすぐおさまるけど。そして別に大して考えてない。
「死にたい」って口走ったらすぐ「寿命で。」って付け足せよ。石野卓球がやってたやつ。

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