今日も行けず。3時間目だけ行く、と昨日の夜は元気に言ってたけど、朝、やっぱり行きたくない、と起きた。
それ以上問わず学校に連絡。欠席連絡の通知欄に思わずこれまでの経緯を長々と書いてしまう。
けど、250文字までしか送れなくてほとんどを消した。
夕方、仕事の帰り道に、先生から電話連絡来たらなんて言おうかな、と考える。その時だけ「はい。はい。」と意向を合わせようとするから、それをやめないとと思う。
でも何から話せばいいか、今日消した300字。
これまでのことや、今の気持ちや状況を説明できなくても、わたしにとってとにかく命が1番大事だから無理をさせたくない、ということだけは伝えよう、と思った。
思えば治療してる間は身長の伸びも止まった。身体のあちこち、人より2年成長が遅れているのかもしれない。その身体でみんなと同じことを同じスピードでやれというのはあまりに酷だと思った。
いわゆる「将来」が不安でも、せっかく通える学校へ、行く方が良くても、いったん置いて、余計なことは考えず、はるの命を守らんとと思った。
もし昨年みたいに、落ちこぼれ認定されて先生に存在を無視されたとしても、先生に嫌われないように振舞う必要は絶対にない。
帰宅して、先生からの電話は、「先週も様子を見たい、でしたよね…、この先も来れないようなら本人と話させて下さい」と、先週と変わらず、先生の愛情から、1時間でも「学校に行く」ことを推奨された。
わたしは、「初めて学ぶ意欲がほんのわずかでも生まれて驚いている。6年間なかったことで、良い兆しと思う。今はこれを見守りたい」と伝えた。
平行線のままの話し合いの終わり、しかたないから少しだけ待ちますという気配で「わかりました。ただ来週も来れないなら来週中に今後の方向性を本人と相談させて下さい」と言う先生に、少しでも今の気持ちを言っておきたくなって、「いのちがいちばん大事という気持ちがあるので、無理をさせたくないです」と伝えた。
伝わらんか…と思うと、少し泣いてしまった。
伝わるかどうかなんてわからないけど、これからも説明し続けようと思う。今だけじゃなくて2年後までじゃなくて、一生涯を思って見守ってほしい。
できるかな。やろう。
全部を伝えようとせず、その日に言えることだけでいい。
「短時間、学校に行く」「ほとんど授業は受けなくても、学校へ行くと達成感と疲労とで帰宅後は宿題も何もできない」「長期休みも宿題を終えるだけで精一杯で、遅れを取り戻すための学習をするタイミングがない」の悪循環で、漢字もほとんど書けないまま、ここまでやってきた。
今、初めて自分から勉強する姿を見ると、霧もやの中で手探りで受けた中間試験の頃と、まだ半月くらいしか経ってないのに何かが違う。成長したように見える。少し霧が晴れたように見える。
今まで勉強自体が、泣くほど嫌だったんです。
はじめて学ぶ気になった。
今やっと、勉強できる心身になってきたのかもしれない。
わたしはそれがとてもうれしいから、
たとえ生徒を愛する先生の意見でも、そこはゆずらない。
もちろん自分も、
不安を感じるだろうけどねじふせる。
今日も夕方、ただただ自分を整えるために、ギター弾いてくるね、とはるに言って、今日はビートルズをぼーっとうたった。
ビートルズは、びっくりするほどコードがシンプルで、変わったコードをあんまり使ってない。それなのに複雑に聞こえる。弾いてみると簡単でびっくりする。絵画の、隣り合う色によって見え方がガラッと変わるみたいに、ビートルズの曲は、隣り合うコードでびっくりさせると思った。
2023年6月5日
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