はるは友だちと電話をしたり、オンラインでゲームをして1日ずっと笑っていて、わたしは1人ずっとギターを弾くことができた。でも力が出なくて今日もライブの準備はできなかった。ただギターを弾いた。「鐘の歌」や「slow flake」を弾いたり、オーティスレディングやビートルズをただ弾いた。時々たまらず外へ出て落ち葉を掃いたり土をならしたり、花を見た。美しい庭。雑草。土。虫。
「ドヤ顔」じゃなくて「堂々と」、舞台に立ち、頼りなくなくて、人のも自分のも苦しみを背負い投げして宇宙空間に投げ飛ばすみたいなことはどうやったらできるのか、自信じゃなくて過信、自分自身じゃなくて人真似、堂々とじゃなくてドヤ顔になる気がして萎縮する。声がどんどん小さくなる。
夜になって学校を思い出すと、一瞬で重苦しい気持ちがたちこめて、代休があったから長くゆっくり休めたのに、しかもこの3日はるはとても楽しく、少し勉強もして、リラックして、久しぶりに友だちとも交流して明るい兆しが見えたのに、明日、行く?と訊ねると顔は急に曇って、考えた後やっぱり行けないと言った。それを聞くと、ひとりでににじみ出るみたいな涙がまた出てしまった。
なぜ涙が出てくるんだろうと考えると、はるが「学校に行かない」からではなく、「先生にはこの苦しさはわからないんだろうなと思う」からだった。その絶望だった。
先生や家族にとっては「行くことが正義」「行かないのは悪」「行かせないのは悪」「なぜ行かないの?いいことずくめなのに」なんだと決めつけて、諦めて、こんなにも善良な人たちに、敵意も悪意もない人たちに追い込まれて、だから救いがなく、苦しんでいる。
平日が来るとこうなる。休日は正常に生きられる。生きられた。しかし。もう悪循環のままにしておかないよ。こんなもん、なんでこんなもんのために苦しまんといけんのん。腹立った。善良な人、敵じゃない人に追い込まれるって。あほかほんま。宇宙の何十億年を考えろ。たかだか何日、何十日、誰が咎める??なんぼでも休んだらええ。
学校行かないのは悪と言われたら、自分の見解を、萎縮せず堂々と言う。何度も言う。あほらしい。ほんまあほらしい。善良な人しかおらん、敵がおらん場所で勝手に苦しむのがあほらしい。
2023年6月12日
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