2022年6月11日

6月に入って3日間、また微熱と偏頭痛が、前より本格的にやって来て寝込んだ。
首ががちがちになったり、頭痛で起き上がれなかったり、1日13時間も眠ったりした。

それが回復して来た6月3日に、もちおとれおくんから贈り物が届いて、
その日はちょうどはるも学校行きたくないと休んでいて、
箱を開けて2人で狂喜した。

それから、もちおのおすすめだった「俺の家の話」を2人で見始めた。
もちおのおすすめなら、絶対いいやつじゃん!はるも見たい!と言って。

毎日2話づつくらい見ている。
うれしくなる場面は抱き合って喜んだり、
お話の最後のところはいつも2人して泣いてしまう。大泣きする。
ものすごく、脳がリフレッシュされる。

それでどんどん元気になって、日曜日、はるは友だちと短い時間だけど2人きりで買い物を楽しんだりして、
いいことがいっぱいの、落ち着いた週末だった。
待つ間、わたしはノートとペンを買って、歌詞を考えた。

土曜日は、わたしが、雨の前の日に運動靴を洗ってしまった、乾くかなと心配になって言うと、「いいじゃん、これまでしあわせだったんだから、靴くらい。」と言った。
こんなに心が落ち着くのは久しぶりだった。

月曜日。今日は数日ぶりで仕事に行った。身体の調子がよかったから安心していたけど、ほんの2時間で限界が来て吐き気におそわれた。ただパソコンかたかた、wordで書類を作るだけだよ。ここにいたくない、でいっぱいになる。
「やめる?それでどうするの?どんな仕事がある?せっかく事情を知ってもらってる人に雇ってもらってるのに。こんなとこないよ」という声がして即立ち止まる。
この繰り返しのこれはもう、どうでもいいけどね・・

仕事へ向かう道では不意に清志郎さんのことを考えた。
清志郎さんはどうしてあんなに悲壮感がなかったんだろうと思った。貧乏の只中にあっても死にたいとうたっても悲壮感がなかった。
ミチロウさんもだ。なんでちょっと浮かんで、他人事みたいにうたえたんだろう。
マヒトさんとかの方が痛々しく聴こえる。

ぼんやり思っただけのことだけど、
うたう人自身が「苦しむ」のは、ほんとに嫌だな、
それによっていいうたがうたえるとか信じない。
苦しかろうと楽だろうと、美しいうたが聴こえてくればいいんだけど、人が苦しむのはほんとに嫌だ。

仕事の、帰り道は、「PUPA」が流れてきて、サビのコーラスのところで思わず笑った。美しかったからかな、
わたしも目の前の人を、とりわけわたしを嫌ってる人を全肯定するような、うたがうたえたらなあとぼんやり思った。
肯定してねえんだから無理だろと笑ったりして。
そんなのは遠い夢だけど、でも正直にそこにいたい。


気になる身体のあちこちのことを思い、
でもたいていの大人は、治療しながら生活したり、母も当たり前のように毎日点滴うちに行くし大量の薬を飲む。わたしはこれまでが健康すぎるだけで、すぐ動揺する。ずっと前にもこんなことあった。などを思いながら帰る。
それにしても、うたが、ライブが「エンターテイメント」である人が
うらやましい、と思ってしまった。
出し物を提供する側、与える側、として
いかに売れるか、人とつながるか、

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