またライブ誘ってもらって、うれしくて、でも日にちを見て諦めながら読んだ。でもとても行きたいと思った。
はるは「行けばいいと思う」と言った。無理じゃろう、と動揺した。まめ氏に聞いてみよう、行った方がよかったら出てきてください!と、まめ氏に呼びかけると、小屋の中でカサコソ音がした。どっちともつかない動きで、「自分で決めろってことか」と、はるは言った。
いっぱい考えるうち、そしてはるが宿題を始めて、算数の問題そのものを理解しなかった時、いらついてしまった。立ち上がって皿を洗いに行って、泣いてしまった。
水を流しながら泣いた。自分が何をやっているのかわからなかった。
ライブをできる人たちのことを、「うらやましい」と思ってしまった。
でも、行きたいところに行けることが、ライブできることが「自由」なのか?違うよね?と自分が自分に言って、心の中で叫んで叫んで絶叫して泣いた。
わたしは1人で暮らしていたら、迷わず行くだろう。でもはるだってもう大丈夫な上に、それほどおそろしいウイルスというわけでもないのかもしれない。なのにどうしてこんなに怖がるのか。自分で不自由にするのか。
わからない。
誰かに聞きたくなったけど、人に聞けば誰に聞いたって「勇気を出すしかない」と言うだろうと思った。
自分で決めるしかない。
1日か2日、考えさせて下さい、と返信した。
今日はもともとおかしく、はるを学校へ迎えに行って、帰りにはるの念願の買い物に寄った時も、晴れてたくさん車が停まっている駐車場で、お、やばい、いけん、いけん、とハッとしたりした。
冷蔵庫を開ける時、死にたい・・わけないだろ、と自分で自分に言う。
ぼーっとしてしまうのは晴れてるからか。
学生の頃、ノートに「あなたたちといるときだけ 最悪な考えを忘れることができます」と書いたのを思い出して、今も同じだなあとノートを開いて見たりした。
課題をやる小さな部屋で、絵や字をぐちゃぐちゃと書きながら、でも最後の方のページは、ついに初めて人前で弾き語りをすることにした頃で、ビートルズの歌詞とコードや、自分の曲の歌詞も書いたりしてた。
リハビリみたいにビートルズを弾いていたのかな。コードを書いているページは、急にいきいきして見えた。
ギター、うた、リズム、と箇条書きに書きながら、にやにやして、わくわくしたのをおぼえている。
たしか、アンサンブルを、アンサンブルという言葉は知らなかったけど、2つの音が重なることを書いて、「お互いがお互いを、なくてはならないものにする」と書いてた。
今と同じだ。
最終的にはその時、1番身近なものは「言葉」にした。
薄暗い変な絵を描いたけど、初めて正直に描いた絵だった気がする。

この藤の花、
重なってる立派な枝は、「ソメイヨシノ」なんだよ。
だから毎年、うわあ、と思う。
息が苦しくなる。
いれかわることが、なのか、なんなのか
わからない。
盛大に咲いた桜、もう花びらもどこにもない。誰もおぼえてないような気持ちにもなる。
ただ、桜も藤もひたすらすごい。
咲いている。
ただ圧倒されて立ち尽くす。
切られてしまった金木犀は、こんなに大きくなったよ。
花が咲くのはいつだろう。
伸びろ、伸びろ。
昨日と今日はまた、アルバイトに行く時間や、家事をする以外の時間、ずっと録音した。鳥の声も録った。
とても、しょうもないやつ。
でも「今日の音」を録音して編集するのがとてもたのしい。