2022年4月29日

夜中に写真を見返した。容量いっぱいだからいらないのを消すために。
まだ病気になる前の写真。アパートで笑っている。
はるが父親を撮ってる写真。手前にぼやけた手か何かがうつりこんでる。
慈愛に満ちた顔で父親笑ってる。
その次は父子並んで笑ってる写真。小さい台所で。
この光景を壊したのはわたし。
はるを病気にしたのはわたし、と思っている。
ライブをしたくて、自由がほしくて、酒を飲みたくて、はるをないがしろにして、負担をかけて、はるは病気になったと思う。
保育園の遠足、宮島水族館。
とてもかわいい髪型で笑顔で水槽を見てる。
水族館までの道のりは半分くらい抱っこして歩いた。歩けなくて。
アパートの4階、この頃には登り降りできなくなってた。
主治医がお腹の腫れを見ておかしいと言って検査したけど何も見つからなかった頃。
この頃から頻繁に検査にかよった。
2014年の4月。

2013年11月に保育園に入った。
その月から頻繁に高熱を出して、でも多くの人が「みんなそうよ。そうやって免疫つけるんよ」と言った。ほんとにそうだったのかな。あの頃もう兆しがあったんじゃないかとずっと思っている。
お腹はもう腫れてきてた。発表会に着る服がお腹が出てるから着られないって困ったから覚えてる。
その頃の、祖母との写真。発表会を見に来た園庭で。
はると祖母、2人満面の笑顔。
この笑顔を壊したのもわたし。

ごめんなさい。

それから9か月もの間、原因がわからないまま、嘔吐や高熱や咳がだんだんひどく、多くなって、お腹はパンパンに腫れて、今も妊娠線のようにお腹に跡がある。顔色悪く、疲れやすくなって、異常な寝汗、歩けなくなって、原因がわかる8月頃には背中と腰が痛くて横になって眠れないほどだった。
わたしはそれでもライブに行ってたんだよ。
ことわらなかった。

8月、ハライソでライブをして、遅くなってごめんね、と、祖母の家で待つはるの、背中が痛くてソファに座ってぼんやりしているはるの、背中をさすった。
さすっているとようやくうとうと眠れるほど、はるは背中が痛かった。
よくそばを離れられたな。ライブをできたな。
5月に点状出血が出てた日も、わたしはライブをした。湿疹だと思った。病院に電話したけど、様子見でいいです、来なくていいですと言われて行かなかった。ずっとあとで点状出血だったと知った。

はるを病気にした。
長くしんどい目にあわせた。
しんどさを訴えないのをいいことに、祖母に任せて1人にした。

はると父親を離れ離れにした。
2人の笑顔や、いつもいっしょに暮らす生活を奪った。
それなのに、父は大量の良質な幹細胞をはるに与えてくれて、はるを治した。
はるは治った。
頭が上がらない。

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