2021年8月6日
じいちゃんは横川のたぶん三篠小学校で被爆した。
校舎が吹っ飛んだけど奇跡的に無事だったから救助にあたった。
三原に帰って、結婚して、子供生まれて、心臓を悪くして、薬を飲んでいた。
でもわたしから見ると、目があまり見えないと聞く以外、自転車こいで買い物に行ったり、花を育てたり、ずっと元気なじいちゃんだったから、じいちゃんはものすごく丈夫に生まれついたのかもしれない。
象みたいな大きい耳の、布袋寅泰みたいな怖い顔のじいちゃんだった。
じいちゃんが被爆したことは知っていたけど、場所は昨年、はじめて知った。テレビに三篠小学校が出た時、「三篠小学校?ここよ。三篠小学校いうて、聞いた気がする。朝礼の時でね、校庭で」と言った。
母は子供の頃、なんとなく聞くのが嫌で積極的には話を聞かなかった、と言った。
「もっと聞いとけばよかったね。」と言った。
校舎が吹っ飛んだけど奇跡的に無事だったから救助にあたった。
三原に帰って、結婚して、子供生まれて、心臓を悪くして、薬を飲んでいた。
でもわたしから見ると、目があまり見えないと聞く以外、自転車こいで買い物に行ったり、花を育てたり、ずっと元気なじいちゃんだったから、じいちゃんはものすごく丈夫に生まれついたのかもしれない。
象みたいな大きい耳の、布袋寅泰みたいな怖い顔のじいちゃんだった。
じいちゃんが被爆したことは知っていたけど、場所は昨年、はじめて知った。テレビに三篠小学校が出た時、「三篠小学校?ここよ。三篠小学校いうて、聞いた気がする。朝礼の時でね、校庭で」と言った。
母は子供の頃、なんとなく聞くのが嫌で積極的には話を聞かなかった、と言った。
「もっと聞いとけばよかったね。」と言った。
今日は、黙祷の時、
原爆に遭われた魂、いま、もう
多くの魂が、きっともう大丈夫になっている、
ありがとうございます、 と思った。
勝手に、そう思いたいだけなのかもしれないけど、2006年に旧日銀(被爆建物)で演奏した時、
天窓が割れて光が差してくるのを感じた。
「わたしらもう大丈夫なんよ」
「あんたらこそがんばりいよ」言われた気がした。
だから今日も手を合わせた時、凄惨な、痛みや苦しみより、
光を感じた。
痛かったこと、苦しかったこと、消えていますように、
と、
苦しくありませんでしたように、
と、
過去は変えられないのに、無茶なお願いもした。
生きていて、突然苦しい目にあって、焼かれるとか痛いとか苦しいとか差別にあうとかそんなことがどうか、なくなりますようにと祈った。
戦争だけじゃない核兵器だけじゃない、
誰にも知られない事件も事故も怪我も病気も、
耐え難い苦しみにあう人が一人でも減りますようにと言いかけて、ちがう、人数が減る じゃない、全員、と言い直した。
全員、
耐え難い苦しみはちょっとづつでも減って、なくなってほしい。
原爆に遭われた魂、いま、もう
多くの魂が、きっともう大丈夫になっている、
ありがとうございます、 と思った。
勝手に、そう思いたいだけなのかもしれないけど、2006年に旧日銀(被爆建物)で演奏した時、
天窓が割れて光が差してくるのを感じた。
「わたしらもう大丈夫なんよ」
「あんたらこそがんばりいよ」言われた気がした。
だから今日も手を合わせた時、凄惨な、痛みや苦しみより、
光を感じた。
痛かったこと、苦しかったこと、消えていますように、
と、
苦しくありませんでしたように、
と、
過去は変えられないのに、無茶なお願いもした。
生きていて、突然苦しい目にあって、焼かれるとか痛いとか苦しいとか差別にあうとかそんなことがどうか、なくなりますようにと祈った。
戦争だけじゃない核兵器だけじゃない、
誰にも知られない事件も事故も怪我も病気も、
耐え難い苦しみにあう人が一人でも減りますようにと言いかけて、ちがう、人数が減る じゃない、全員、と言い直した。
全員、
耐え難い苦しみはちょっとづつでも減って、なくなってほしい。
ありがとうございますと、ごめんなさいを言った。
導いてくださいとお願いした。
それから、
あとで出かける前、手を合わせた時、
「良い1日になりますように、
良い未来になりますように、良い現在になりますように」
良い未来になりますように、良い現在になりますように」
と、ひとりでに口から出て、祈った。