2021年8月4日

世界はとっくに終わっている。かあ。今朝起きぬけに見た文章。
明るい、軽快な文だった。

そうかもなあ、と思う。今日はるは友だちに誘われてプールへ行くよ。ほぼ人生初プールから日をあけず、今日は初めて友だちといっしょにプールで遊ぶ。うれしいな…。

オリンピックが強行されて、じゃあせめて無事に終わらせてくれと思ったら、続々とひどいことになっている。これまでもずっと、感染云々じゃなくて、それは付け足しというくらい、東京のオリンピックは嫌な感じだった。東京が立候補した時、オリンピックって発展の途上にある国が経済的に活性化するために行われるんじゃないの東京はすっかり栄えてるじゃんかと思った。やるなら真夏と聞いて多くの人がなおさら東京なんて無理だと言ってた記憶もある。でも押し切って、東京に決めた。オリンピックのために、いろんなもの壊した。今も壊し続けてる。

この間、テレビでオリンピックの話題の時、石原都知事の息子が、「うちの親父は、いまだに信じてるんですよね。あの時、オリンピックをやって、日本中が湧いた、そこから成長に転じた、活気に満ちた体験を」みたいなことを言った。「時代は変わったのに、気付いてないんです。親父の世代は。」と続くかと思ったら、「あの時も、反対の声が大きかったんです。でも終わった後は、みんな、やってよかったって言ったんです。だから今回も、開催すれば…」と結んだから、びっくりした。

かなしかった。ズドンと。中学3年生の冬、母の職場の友人が、高校に進学しないと言うわたしに宛てて手紙をくれたことがある。たしか23歳の、何度かだけ会ったことのある女性。母から手渡された手紙には、「わたしも学校が嫌いでした。高校の時は1人で漫画描いたりしながらやり過ごしました。」というようなことが書いてあって、「でも高校は行っておかないと社会に出てから後悔する。嫌だなあと思いながらでも、行ってみて下さい。」と続いた。

あの手紙。読んだ後泣いた。涙が出た。どうして二十歳そこそこの人が、そんなに早々と夢を捨てて、14歳の子供に向けて、「社会に合わせる道を選べ」と言うのか、悲しくて悔しくて泣いた。手紙をもらえたことはうれしかった。23歳の人にこんなことを言わせるなにか、が嫌だ、という気持ちだった。脱力した。

あの時のことを思い出した。

オリンピックが強行された時、感染者が激増しましたというニュースを聞いた時、絶望するまいと決めていた心がちょっと折れた。
何度もふりはらってきた、「そんなに滅びたいならはよ滅びろや」を、もうぽつりと口に出して言った。どうでもいいや。と思った。

でも、何日かが経って、今、
だけどそれでも、日本国の政府というか、いったい誰が動かしているのか知らないけど、顔も知らないその人たちは、しかもなんのために(「お金」のためだけに、そんなにひどいことをするんだろうか?大量虐殺に近いことをしていると思うけど、それがただ「お金」のため、って、ほんとうにわからない。人はせいぜい100歳で死ぬし、子孫に残すったって、気にしたってきりがないだろうし、人間じたい、地球じたい、未来永劫存在するわけもないのに)(お金のためだけじゃないとしたら、家族を人質にとられたり、抜けたら殺されるという立場に立たされてもう全員が抜けたくても抜けられなくなっている、なのか、)なんのためにかわからないけど、明らかに間違ったことをして、間違ったことをくりかえして、多くの人を苦しめている。とても多くの人を、ひどく苦しめている。

よく、心の持ちようで世界は変わる、足るを知って今日を生きろ、こんな時こそ明るく、など言うけど、そして怒りを持続させたところでただ自分が潰れるだけで何に対しても良い影響はないけど、でも今の政治の状況は、もうそういうのとは違う気がする。今現在自分の身に直接なにかがふりかかっていなくても、見過ごしてはいけないもののような気がする。
だからやっぱり、絶望するのはやめた。

じゃあどうすればいいのかな。もはや選挙でも変えられない気がしてくる、みんなグルの気がしてくる。
やっぱり世界はとっくに終わっているのかな。
でも、

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