2021年7月6日

時給のいくらか、だけでも稼がないと、と、出かける準備を済ませたあと、そのいくらかのために気が狂いそうになるのは嫌だ、その後の時間すべてが潰れるのはもう嫌だ、耐えることも、嫌だと心が叫ぶことも、もう嫌だ、と、はかりにかけて結局、行くのをやめた。
はるは、「いてほしいけど、どっちでもいいよ。あーしゃんが稼ぎたかったら、行っていいよ」と言った。わたしもその点で、はかりにかけた。それでやめた。急ぎの作業あれば1時間ほどなら行けます、と連絡して、休みOKをもらった。こんなのもうこの2か月何度も。はるが学校あまり行けなくなってから。わたしも不登校みたいに。爆発したみたいだ。1000円、2000円、稼ぐために、心身を壊したら意味がない。意味がないのにどうして、ぐずぐずと勇気をもって踏み出せないんだ。やめたらいい。やめてから考えたらいいのに。あらゆるものがプレッシャーに思えて、なんでやめたの?どうするつもり?と家族が聞いてくる気がして踏み出せない。現状を変えられない。変えようよ。からだ壊したら意味ないんだよ。生きる喜び。生きる喜びの中で生きたい。

夕方。学校からの電話プレッシャー。昨日ほどじゃなかったけど、5時が近づくと憂鬱。夜。宿題。あまりに読み書きに興味を持たないことに今日も苛立ち苦しむ。でももしかしたら体調のせいなのか、という焼きついたトラウマ。保育園の時の2度にわたる、大人みんな「甘えよ。ただの風邪。みんな熱出すよ」と言ってほんとは病気だった時のこと。まだ頭を去らない。歩けない、と這って布団から出てきた時のこと。今でも目の前に浮かぶ。この幻影は、一生続くのか?と今日も思った。
わたし1人ではもうだめなんだきっと。この精神的外傷をかかえて、学校へ行かせる。行かないなら自主学習させる。自分も仕事をしながら。これ、無理なのかもしれない、と、今日はじめて思った。

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