2020年12月13日

ただの、木の1本で、立ち上がれないくらいの喪失。あの虚空に木があった。さっきまで。手を伸ばした。時間を戻したい。わたしがもう少し早く起き出して外へ出て、庭の掃除、最初から手伝っていれば止められた。

行政の仕業なんかじゃない。母の友人が善意でしてくれたこと。やめてと言えば止まった。切られずにすんだ。
泣いていると、声がした。
キンモクセイの声。
「いつかまた咲くよ」
うん。
「根っこから抜かれたわけじゃないよ」
うん。

大事な、大好きな、いつも見ていた雑木林を根絶やしに切られたあの人の苦しみ悲しみ悔しさが、今やっと、ほんの少しわかった気がした。そうだった。生きるって大変なことだった。こんなことに耐えないといけないんだった。
どんなに苦しいだろう、元気になってほしい、少しでも安らぐことがありますように、と、頭の中だけで思っていた。


サボテンを枯らした時も、狂ったように泣いた。
あらゆることを悔いた。あれはただのサボテンじゃない、波ちゃんなんだ、黒平が亡くなって悲しんでいるわたしを慰めようと無言で持って来てくれた小さなサボテン、だからあれは波ちゃんだけでもない、波ちゃんと黒平なんだ、と泣いた。
サボテンは枯れる。忘れるな。と、ずっと唱えて思い出していたのに、また


キンモクセイ、根から1mくらいのところで切られてた。枝はなく、膝から下のような状態で、切断されて立っている。時間を戻したい。窓を開けると当たり前にあったキンモクセイ。あの姿がない。
どうして母は平気でいられるんだろう。善意で、梅の木の剪定をしに来てくれた母の友人に、「なぜか」切られた木。どうしてわたしたちの、大事な木が、切られたのか。わからない。
そんなこと考えなくていい。悪意じゃない行為について考えるな。それより、今、母もはるも息をしていて笑っていて元気で無事である奇跡をもっと知れ。
明日にも1秒後にも人も物も失われる。だから大事にしろ。それを忘れるから、あの人嫌い、あの人が悪い、なんて簡単に言えるんだ。昨日、はるの友達の態度にうんざりして怒りの感情を持った。でもあの子だって明日も明後日も元気とは限らない、お互いに、明日にも前言を撤回したり謝ったりできなくなるかもしれないのに、自分もその人も永遠であるかのように勘違いして、うかうかと嫌う。人を嫌うな。言い直すなんてできないと知れ。

あの木は、1年中緑色だった。梅の木は枯れたように葉を落とすけど、冬の灰色の中であの木は緑だった。
息が苦しくなって、ほかにできることがなくてギターを弾いた。さっきまで、ほんのさっきまで、うかうかと、いろんなことを考えてた。この文も。えらそうに。考えてばかり。うしなうということを忘れている。頭の中ばかり。この苦しさを忘れている。この絶望を離れてうたはうたえない。

何も教わりたくない。いてほしかっただけ

子供の頃からあった。
この家に引っ越して来た時からあった。
たぶん、前の家からあった。持って来たんだ。
その根の下には、母がもらってきて飼ったインコたちが埋まっている。お墓だった。
毎年咲いてた。今年も、「咲いたよ」と、友だちに写真を撮って送った。
窓を開けたら梅の木の向こうに当たり前に立っていた。
人が切り倒されたみたいに悲しい。

さやさんのことも、今やっと少しだけわかったのかもしれない
ただ、1本の木が、見えなくなっただけで、こんなにおそろしくて悲しい。忽然といなくなって、戻せない。ほんのちょっと前、わたしがうかうかと布団の中にいた時にはまだあった。いなくなった。戻せない。
長いこと、この苦しみを、頭でばかり感じていた


昨日、
調子が良くなったかもしれない、前を向けるかもしれないと思った矢先だ。
絶望するな。
生きている間にもうこのキンモクセイの木に花が咲くのを見られないとしても、絶望するな。また咲くことを信じろ。絶望するな。

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