2020年2月13日

昨日、
2年前にプレゼントしてもらったあと、読みかけのままだったイ・ランの「神様ごっこ」のエッセイを出して、読みすすめた。

いただいたその時は、いちばん最初の一行にあまりに共感して、それ以上読めなかった。

ライブに行けないことで、イ・ランを吸収したい気持ちが激しく湧いて、たまらず開いた。そうしたら、とても、ためになることが書いてあった。

まだ読み終えていないけど、その中に、
「慰労」と書いてあった。


すべての芸術は「慰労」だと思ってる。
音楽も絵も映画も
人々が携帯でやってるゲームも。
それらは、それがなんであっても必ず「疲れる」仕事を終えたあと、
リラックスさせてひととき心身を安らかにする。
それが芸術の役割。

というようなことが書いてあった。

それをするためには、
どうすれば自分は慰められるかを知る必要があるから、
自分の苦しみや疲労に向き合って観察しないといけない、
それはつらい作業だけど、
と。


慰労。

わたしは
そんな気持ちは持っていなかった。

この頃は、おびえて、おびえて、
自分が傷つかないように、自分を守るばかりだった。

すべての芸術は慰労。
なんていいやり方だろう。
わたしにもできると信じて模索してやってみよう。

それから、
わたしにとって大事なことは、それが
ひとりよがりの願いや概念じゃなく、
「音楽」であるかどうかで、

「舞台」で、「音楽」で、
それをやっているイ・ランのライブを、
とても見たかった。

どんなだったんだろう。

穏やかにさせて、明るくさせて、
一人一人それぞれの思索に沈ませて、
一人一人をかけがえのない存在だと知らせて、
この世が広いこと、美しいことを思い出させて、
それらを全部つつんで「楽しかった」と感じさせるライブって、
どんななんだろう。
ずっとやりたかったことだ、
と思った。


想像したってしかたない、実際にこの目で見たかった、体感したかった、学びたかった、とも思うけど、
行けなかったために頭や感覚をフル回転させたことだって
いいことだったと思う。
とてもいいことだったと思う。

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