2019年9月11日
言葉を外へ出すと、
ぽとっ。と、
なんか落ちたような気がする時がある。
何が落ちたんだろう。
大事なものだった気がする。
って、地面を見る。
まあいいか、と、洗濯物を干す。
そして、ちょっと、穴が開いたみたいにさみしい。
普段考えていること、
言語化されず眠る気持ち、
見たもの、
感じたことは、
ライブ前、
高速回転する頭の中で
高速のロクロで粘土が回るみたいに
回って成型されて
あっという間にうたになる。
普段は、
そんなことにはならない。
ライブの時だって、そううまくはいかない。
ライブの時だって、そううまくはいかない。
苦しく苦しく溜まっていく。
この間は、
わたしは、
愛のかたまりだった。
正直に、それをぶちまけた。
新しいの古いの
いいの悪いの
未聴感既視感なんでもよくて
どっちでもよくて、
うるせえ黙ってろ
という気持ちで演奏した。
うるせえ黙ってろ、は、
愛そのものだと信じた。
夕方5時の、約束の時間に「本と自由」に無事着いて、
アンプなどはもう設置してあったから、
急いで準備して、リハーサルを始めた。
マイクが妙に音割れする、マイクを交換してみよう、
曲順は?
椅子は置く?灯りは…?など、
オロオロする間に開場時間は来て、
ギターを外へ持って出て作りかけの曲を完成させようかと
思っていたけど、時間が来て、
思っていたけど、時間が来て、
開演して、
平田の演奏を聴いている時、
「正直」っていいな、と思った。
平田のしゃべり過ぎのMCは、
長く、要領を得なかったけど、
退屈じゃなかった。
正直って 退屈じゃないんだ、と思った。
うたごえも、
嘘がなくて、平田だった。
それを見たおかげで、
とにかく正直にやろうと、あらためて思った。
とにかく正直にやろうと、あらためて思った。
9/7のライブは、
そうなったらいいなと思っていた通り、
自分の部屋の中みたいだった、
頭の中みたいだった、
なんにも意識しなくても
努力しなくても
ずっと気が丹田に落ちていて、
落ち着いて真剣にやれた。
その前の日の夜、
落ち込んでめちゃくちゃな真夜中に
読んだ漫画で、
主人公が、
主人公が、
心配する人たちに振り向いて、
「大丈夫。わたしは音楽だから。」
と言う。
扉は閉じられる。
でも主人公は生きる。
誰にも何も言わず。
わたしは音楽
って、
と、
読み終えてぼんやり考えた。
わたしは、子供の頃からずっと、
音楽の才能がないことは大きな悲しみで、
いつか「音楽をやれるようになりたい」
と思ってきた。
たぶん、今も思っている。
わたしの思う「音楽」は、
言葉で説明できないけど、
憂いや翳りは微塵もなくて、
悲しみを表していても、
その音自体が悲しいわけじゃない、
絶望を表しても、演奏家は絶望していない、
絶望している、と言ったって、音が絶望していない、
わたしの思う音楽は、
どこまでいっても希望だ、
なんにもない。
光そのものみたいに、
善も悪も なにもない。
大好きな音楽、
それを生み出す、演奏する人を心から尊敬する。
だからよく、萎縮する気持ちがあったけど、
わたしは、もうそんなことは考えなくていいんじゃないか、と思った。
つづく。
またあとで書きます。