2019年4月12日
4月6日
はるが移植した日の、お祝いの日。
はるが移植した日の、お祝いの日。
そして、ジョンとポールトリオのCD発売記念ライブの日。
はるは父親の実家へ泊まりに行くことになった。
横川駅で待ち合わせ。
電車は、春休み中の週末で、混雑していた。
補助席みたいな座席に座って、
電車は、春休み中の週末で、混雑していた。
補助席みたいな座席に座って、
駅のコンビニではるが買った
たった2枚のハッピーターンを温存しながら、分け合って食べる。
あと何個?(何駅?)
って、
あと何個?(何駅?)
って、
それに合わせて封を開けて。
横川駅で、おじいちゃん、おばあちゃんと笑顔で再会。
「今日はいっぱい甘えてね!」
と、おばあちゃんははるを抱きしめてくださった。
手を振って別れて、わたしはヲルガン座へ向かう。
手を振って別れて、わたしはヲルガン座へ向かう。
元気に別れた後、
わたしはなにを思い出したんだったか、
わたしはなにを思い出したんだったか、
とっくんのことを思い出したのか、
元気に、平気で手を振るはるの姿、笑顔が、
ありがたくて、ありがたくて、胸いっぱいに満タンになって、
同時に、同じくらい、心細さと、
亡くなったはるの友だちの姿が、いっぱいになったのかもしれない。
ありがたくて、ありがたくて、胸いっぱいに満タンになって、
同時に、同じくらい、心細さと、
亡くなったはるの友だちの姿が、いっぱいになったのかもしれない。
別れて歩き出すと涙が出た。
悲しいというわけではないし、
今日の演奏をがんばろう、どの曲をやろう、など思いながら、
涙が出た。
今日の演奏をがんばろう、どの曲をやろう、など思いながら、
涙が出た。
涙をふきながら歩いていたら、はるが乗った車はまだ駅構内にいて、
ロータリーを曲がって来ていた。
ロータリーを曲がって来ていた。
車の中から、はるのおばあちゃんの「お母さん!」の声。
見ると、みんな笑顔で、こっちを向いて手を振って下さっていた。
少し恥ずかしくなって、
でも少し安心して、また歩き出した。
でも少し安心して、また歩き出した。
とてもいい天気だった。
(次の日、はるに、「どうして泣いてたの?」と聞かれた。)
ヲルガン座まで、当たり前のように市電に乗ろうとしていたけど、ふと、
1人なら、歩けばいいな、歩ける距離だ、と気付いて
歩き出す。
歩き出す。
電車に乗るのはもったいなかった。
横川駅から十日市へ、川沿いを、桜が満開の道を選んで歩いた。
写真を撮らなかったせいか、目に焼きついている。
土曜日だし、花見の人も多くいた。
ひらひらと、少し、散り始めていた。
へたくそだけど、スケッチしたい、と思った。
写真を撮るよりは、スケッチした方が
まだしも、伝わるように残せるかもしれない、と思った。
まだしも、伝わるように残せるかもしれない、と思った。
ずっと昔にも、川沿いの桜を必死でスケッチしたことがある。
あの頃は、
上達しなければ、よいものを描かなければ、そこから学ばなければ、と必死で、だったから、
上達しなければ、よいものを描かなければ、そこから学ばなければ、と必死で、だったから、
桜のこと、花のこと、
わたしはなにも見ていなかった。
先人の眼を借りてきて、
見ようとしているだけだった。
見ようとしているだけだった。
今は、こうして、なんでもなく花を見ている、
心の中に湧くもの、目の前の光景は、
もう必死で絵に描こうとしなくていいんだ、
心の中に湧くもの、目の前の光景は、
もう必死で絵に描こうとしなくていいんだ、
その過程までも楽しい、「曲にすること」で表せばいいんだ、
と、嬉しく思った。
なんの役にも立たないから、やっちゃだめだと思っていた、曲作りと演奏。
今は、自分が自分に、それを許した。
そうしたら、どんな苦も、苦じゃなくなった。
下から見上げると、
鳥がせわしく鳴いていた。
桜は、人や、木を必要とする虫や鳥に、
無限のエネルギーを惜しげもなく与えて、
自分はただ生きて死ぬんだなあと思った。
無限のエネルギーを惜しげもなく与えて、
自分はただ生きて死ぬんだなあと思った。
心細く、胸がざわざわして、力が出ない。
2年前に移植をして、奇跡のように回復して、はるはここまで元気になった。
その有り難さと同時に来る、何人もの、亡くなったはるの友だちの姿、笑顔、
この間の猫さんのこと、
今どこにいるのか、どんな世界なのか、なにもないのか、
わたしはどうして悲しいのか、どうして生きていてほしいと思うのか、
を、この頃ずっと考えている。
を、この頃ずっと考えている。
ヲルガン座に着いて、ふらんす座を練習スタジオとして借りて、
14時からイモトくんと練習。
14時からイモトくんと練習。
終わり頃、なんのきなしに、1年近くも作りかけの未完の曲をやったら、イモトくんがギターを合わせてくれて、
今日やろうとしていた「宇宙の使者」はやめて、
今日やろうとしていた「宇宙の使者」はやめて、
これをやろう!と思った。
本番直前まで、楽屋で歌詞とメロディーを考えた。
「平気よ」という言葉とメロディーが出てきて、
これは使おう、と思った。
本番では、考えた歌詞はすっとんで、ぐじゃぐじゃの即興になってしまったけど、
ずっと、あの山が目の前に見えて、猫さんのしっぽについた落ち葉が見えていた。
何もかも、わからないままだけど、
わたしは、
この世にいる間はずっと、
わたしは、
この世にいる間はずっと、
今ここに生きていて、
平気だよ、
と言うしかないんだなあと思った。