朝、
ミチロウさんのことを考えながら自転車をこいだ。
今年の8月6日に、ミチロウさんと共演させてもらえる機会があった。
でも行かなかった。
急なことで、はるの体調を考えて、行けないと判断して、お断りした。
それを思い出して、
断ったのは間違いだったんじゃないか、行けたんじゃないか、
ライブを観れるせっかくのチャンスだった、
見ておくべきだったんじゃないか、と、
とても馬鹿なことを考えた。
見ておくべきだったんじゃないか、
って、
そりゃそうだ。
当たり前だ。
誰のいつのライブだって、その日限りだ。
誰のいつのライブも、見ておくべきライブだ。
阿呆なこと言うな。
でも
エンケンさんが言っていたとおり、
「生きるということは、あなたと同じく、」
だ。
わたしも、
ミチロウさんと同じように、
ああすればよかったこうすればよかったを抱えて生きているだけだ。
ミチロウさんが治ることを
自分の事として考えて信じていればいいだけだ。
わたしは15年前にミチロウさんのライブを見て、弾き語りを始めた。
三上寛さんの自伝とかもだけど、
最後の背中を押してくれたのは
ミチロウさんの3時間くらいに及ぶ弾き語りライブだったと思う。
きれいでも汚くてもいいんだ、
わたしも最後までそこに立ちたい、と思った。
賢くてもバカでも、
強くても弱くても、
どっちでもいい、
どっちでもない。
三上寛さんも
ミチロウさんも
「孤独には耐えるしかない」
と言った。
「『ああもう嫌だ』と思うことだけが
今こうしてここにいられる力なのです」
とミチロウさんは歌った。
それに支えられた。
それに支えられている。
ああ もう嫌だ と思うたびに、
支えられている。
たぶん4回、ミチロウさんのライブを観た。
でももうずっと前。
ずっと前だから、
今はきっと全然違う。
今のミチロウさんを観なければ、とずっと思っている。
まず感傷とかはクソの役にも立たないから悲観的な気持ちが湧くくらいなら何も考えない方がいい
と思いながら橋にさしかかると、
真っ青な川に、真っ白な鳥がいた。
川がゆらゆら、さらさら、流れていた。
いろんな鳥が飛んで来た。泳いでいた。
橋の上の、車や街灯の上を飛んで行った。
もうどうせ遅刻だし、立ち止まって、じっと見た。
すごい、としか言葉が出てこなかった。
すごい。
口に出して言った。
何回も言った。
すごかった。
2018年11月15日
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