2014年8月7日
8/6 OTIS! 「爆心地ライブ」
きっといい日になると思って行ったけど、
すごく しあわせな日だった。
自分の出番は最後で、待つ間いろんなことを考えて、空腹もあってだんだん体に力が入らなくなって、直前にあわてて準備(今日はギターをさわることも声を出してみることもなくOTISに来た。)2階でうたってみたけど、咳がよく出るし、
気が丹田に落ちてない、という感じで声が出ず。
これはまずい、と思いながら本番になった。
神様たすけてください、ミチロウさん力を貸して下さい、と思いながら、
あとで気付いたけど、テンパっていたため、音のチェックもしなかった。
マイクは1曲目のあと音量を上げてもらったけど、
ギターも上げてもらえばよかったな、音質も自分で確認してから始めるべきだった、とか、終わった後ぼんやり考えた。
たみちゃん(ひょうたみ)のライブはすばらしかった。
千春ちゃんのフラ。
もう1人の女性がウクレレで歌われた童神。
たみちゃんのうたは、音が「笑っている」と感じた。
笑ってる。聴いていてとてもしあわせだった。
踊る千春ちゃんの「手」を見ていたら、涙がぼたぼた出た。
涙がぼたぼた出るくらい美しかった。
千春ちゃんの身体は大きな木のように、地面から水を吸っていた。
手指は全人類を代表した手みたいに見えた。
今日は OTIS!に向かう道すがら、平和公園を通ると、灯籠流しなどいろいろなことが行われていた。
線香のにおいがした。
そうだ。今日はとてもたくさんの人の命日なんだ、と
今さらに思った。
往生、あの世にうまれゆく、と考えると、今日はとてもたくさんの人の誕生日なんだ、とも思った。
そしたら「祝う」という字が浮かんだ。
今日は、「祝う」べき日じゃないかもしれないけど、 すべての人が生まれて来たことを、あの世に生まれゆくことも含めて、 「祝う」気持ちで演奏しようと思った。
演奏を始めれば、緊張から、そんな思いは消えていた。
だから、
ああ、だめだなあ、今日はだめだった。と思った。
そしたら、サカモトジュンさんが笑顔で、「めっちゃくちゃ よかったです」と言って下さった。
そのひとことだけでもうじゅうぶんだった。
ああ、じゃあよかったんだ。と決めた。
見知らぬ若い外国の女性が「CDないですか、websiteは?」と聞いて下さって、それから、「これ」って、この絵を見せて下さった。
うたを聴いている間に描いた、って。
とてもうれしかった。
救われる思い。
それから、
見知らぬ女性が、「あの、」と声をかけて下さって、
「わたしは広島に住んでて、3年、毎年ここに来てました。
ミチロウさんを見に。
今年はミチロウさんが来られない。とても悲しくて、、
そしたら、あなたに出会えたから、よかったです。」
と言って下さった。
。。
思い出しても もったいない
言葉。
ほかにも。
たくさん。
ここに書くのが恥ずかしいから書かないけど、
わたしを救って下さる言葉、笑顔
たくさんいただいた。
夢のようだった。
OTIS!の佐伯さんは、最後、
「来年もきっとまた生きてお会いできますように。」と結ばれた。
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爆心地ライブ、
20回の記念の今年、
提唱者の遠藤ミチロウさんは療養中で参加を断念された。
ミチロウさんから「爆心地ライブ」へのメッセージ
「僕たちの意思が
不可能な事を変えれると 信じてます。
同情、憐れみでなく
自分のこととして考え、
諦めなければ、核も原子力も
無くす事は出来るはずです。
欲望という治らない病気にかかっている
人間が、、
麻薬のような薬で
いくら治療しても治りません。
早く健康になって
普通に安心して生活出来る事が
どんなに素晴らしいことか、、
入院してるとしみじみかんじます。
だから核も原発も無くせるはずです。
僕らの気持ちの中に一番の問題があるのですから。
そこに気づけば。
原爆で亡くなられた方
被曝して亡くなられた方々の
ご冥福を祈ります ミチロウ」