2004年9月6日

沖縄放浪をしたことがある。
那覇は、人種がぐちゃぐちゃで、物も考えもあふれていて、島は、打ち捨てられたように静かで、静かで、いつなのか、どこなのか分からなかった。 あの水平線は、天国との境界線なんだろうなあ、と思っていた。
水の中に足を入れていると、死んだひとはどこにいるのかと思ったら、ここなんだなあ、と思った。

最初わたしは、野宿をしたら、人の気配がまったくない暗闇は、空も海も木も化け物のようでおそろしく、人の気配がしたらしたで、殺されたらどうしようと本気で思いつづけ、どうにもならなくなったらあの水平線のところへ行けばいいと思いながら、こわいからという理由だけで来るんじゃねえと言われそうで、目をつむって待って、でもそのまま、頭が麻痺していくのを待っただけで、旅の最後まで、今も、物は壊れる、とか、生き物は死ぬ、ということが、わかっていない。

わたしは自分を呪うことでほんとうのショックからはうまく逃げることができる。
どこまで行っても見え透いているのはいいとしても、自分や生活から逃がれることなんか出来るわけないのに、繰り言ぬかしては、だんだん、ほんとに自分は高尚な苦しみの中にいるような気がして来てしまう。
安心しろ、いや心配しろ、そんなところからは何もうまれない。

やりたいことがひとつだけあって、ほかにもやらんといけんことがいっぱいあるのに、考えられないくらい傷はたしかについたらしい体が、あそこに行ってみよう、あそこに行きさえすれば、と言い、行ってみたら、腹に、喉に、耳の奥まで砂をつめられて、はよ死ねやと言うのです。誰が?ほかならぬ、ギターがよ。おまえなんかいらないって。

今は、自分の考え全部に吐き気がして、メールなどをいただいても、どうしても返事が何も書けず、元気ですとも元気じゃないですとも書けない、(それをみんな飲み込んで頑張っとるのにと思えば更に書けず)
ただ、祈るのみ

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